ゆう「え……」
J( ‘ー`)し「ほら、あんた宛だよ。開けてご覧なさい」
J( ‘ー`)し「そう……良かったねぇ。これで安心して自殺できるねぇ」
ゆう「うん……嬉しい」
J( ‘ー`)し「……」
ゆう「明日のお昼2時か……準備しなくっちゃ!」
ゆう「何?」
J( ‘ー`)し「あ、あの……カーチャンね」
ゆう「……そんな顔しないでお母さん」
J( ‘ー`)し「ごめんねぇ、ごめんねぇ……こんな辛い人生あんたが歩むなんてカーチャン思わなかったから」
ゆう「いいよ、もうどうでも」
ゆう「だって明日死ぬんだから」
J( ‘ー`)し「向こうでとーちゃんに会えるといいねぇ」
ゆう「うん」
J( ‘ー`)し「……」
ゆう「でもいい時代になったよね。国が補助してくれるおかげで苦しまずに死ねるなんてさ」
J( ‘ー`)し「……ゆうちゃん」
ゆう「お母さんはいつ自殺できるの?」
J( ‘ー`)し「……カーチャンね、申請つっぱねられちゃった」
ゆう「え……」
J( ‘ー`)し「動機が弱いんだってさ」
ゆう「夫が死んで、次は子供が死に行くのに?」
J( ‘ー`)し「カーチャンは心のどこかで死にたくないって思ってたのかもしれないねぇ」
J( ‘ー`)し「さぁねぇ。このままだと戦争の爆弾で死んじゃうかもねぇ」
ゆう「それはそれでいいんじゃない? 苦しむまもなく消し飛ぶなら一緒だよ」
J( ‘ー`)し「でも怖いのは嫌だよ。ゆうちゃんは怖くないの」
ゆう「怖くないよ」
ゆう「ちっとも」
ゆう「寝るのと、一緒。みんな怖くないから、センターを利用してる。それだけ」
J( ‘ー`)し「……」
ゆう「だって、生きてるほうが、怖いし」
ゆう「つらいから。逃げるんだよお先に」
J( ‘ー`)し「……今度はもっと楽しい人生だといいね」
ゆう「……人に生まれてこなければいい」
ゆう「働いてもお金持ちにはなれない。ストレスだけ溜まっていく」
ゆう「年をとっても、あいかわらず人の目は怖いし、むしろますます怖くなっていく」
ゆう「わかるかなぁ? 社会そのものの仕組みがおかしいから、ついていけなくなる人がでてくるんだ」
ゆう「その果てにこんなモノができちゃうんだよ」
ゆう「ずっと前から薄々みんな気づいてた。死にたいやつが自由に死ねる制度が必要だってこと」
ゆう「経済が悪化して、戦争の気運が高まって、かかえてきた不満が爆発して」
ゆう「時の総理が多数決でそれを実現しただけ」
J( ‘ー`)し「……」
ゆう「最後に良い社会になって良かった!」
J( ‘ー`)し「……」
J( ‘ー`)し「……」
ゆう「お金、好きな事につかってね」
ゆう「ご飯もわざわざ毎日つくらなくてもお弁当で済むし、洗濯物も減るよ」
J( ‘ー`)し「……寂しいよ」
ゆう「お母さんの自殺申請が通ることをあっちで祈ってる」
J( ‘ー`)し「でもやっぱり、親を置いて先立つなんて……」
ゆう「頭の固いこの国そのものですら、認めたんだよ」
ゆう「お母さんも、割りきらなきゃ。こういうもんなんだって」
ゆう「どうせ、あっけなく死ぬんだよ」
ゆう「こんな施設があってもなくても、人は自ら死を選びたがるんだ」
ゆう「そこに社会があるかぎりね。社会は人の本能ですら蝕んでいくんだよ」
J( ‘ー`)し「冷奴と、卵焼きと、焼き魚と、かやくご飯だよ」
ゆう「普通だね。いただきます」
J( ‘ー`)し「だって、だって」
J( ‘ー`)し「今日がゆうちゃんの最後の晩御飯になるなんて知らなかったもの」
ゆう「……いいよ」
ゆう「あんまり張り切って盛大に見送ると、お母さんもっと辛くなるかもしれないから」
ゆう「これはこれで、素朴な我が家に、別れを告げるにはちょうどいいや」
J( ‘ー`)し「せめて……最後においしかったくらいは言ってほしいな」
ゆう「そうだね」
ゆう「お母さんのご飯、おいしいよ。ご飯だけは、生きてる喜びだったのかも」
J( ‘ー`)し「ゆうちゃ……」
翌日
主治医「それでは、最後に確認事項だけ」
ゆう「……はい」
J( ‘ー`)し「……」
主治医「見送り人はお母様だけですか?」
ゆう「はいそうです。知り合いなんていません」
主治医「自殺カプセルに入ったあと、遺体の所有権は国のものとなりますがよろしいですか?」
ゆう「はい、何度も確認したはずです。意思は固まってます」
主治医「わかりました」
主治医「ではご家族のサインを」
主治医「なぜ家で書いてこられなかったのですか?」
ゆう「お母さん。時間がないから早く」
J( ‘ー`)し「……こ、これに名前を書いたらゆうちゃんは……わたしのゆうちゃんは……」
ゆう「笑顔で見送ってよ」
J( ‘ー`)し「でも、でもゆうちゃんが……ゆう」
主治医「カプセルの準備はできています。時間まで決断できない場合は再申請してもうことになりますが」
ゆう「お母さん!」
J( ‘ー`)し「……」
ゆう「もうね、死にたいんだよ。お母さんはこれ以上、子供が苦しむとこを眺めてたいの?」
ゆう「子供の幸せを願うなら、早く死なせて!!」
主治医「お母様、まことに恐縮ですが私からもお願いします」
主治医「私は精神科医です。たくさんの人たちの絶望に触れてきました。この子の絶望は並ではありません」
主治医「自殺センターの申請受理は非常に厳しいチェックのもと行われます」
主治医「本当の本当に、今生きてるのが辛い人しか利用できないのです」
主治医「センターはまだ日本に4つしかなく、年間に処理する人数が決めれています」
主治医「申請だけでも2年待ちなのです」
J( ‘ー`)し「どーしてこんな時代に……」
主治医「私達がふがいないからです。だから責任をとる必要がでてきたのです」
J( ‘ー`)し「ゆうちゃん……」
ゆう「これを逃したら、たぶんもう安楽死はできない」
ゆう「だから、首吊りなりで苦しんで苦しんで、死ぬことにするよ」
J( ‘ー`)し「!」
ゆう「見たいの?」
J( ‘ー`)し「……オェェエエエ」
主治医「一般的にたいして谷も山もない人生を100フラットとしたとき」
主治医「愛する女性に捨てられた男性は60~80」
主治医「事業に失敗した経営者の平均が30~50」
主治医「学校で激しくいじめられた子が20~40」
主治医「30以下が我が国が推進する自殺係数です」
主治医「この子の場合それが10~22と非常にひくく、もはや手のうちようがありません」
主治医「40を切ると鬱の傾向が強くなります」
ゆう「……わかった?」
J( ‘ー`)し「……」
主治医「そろそろカプセルのほうに移動したいのですが」
J( ‘ー`)し「……」サラサラ
主治医「ご理解感謝します」
J( ‘ー`)し「……先生、この子はほんとは強い子なんです……だから」
主治医「そのとおりでございます」
主治医「苦しくないとはいえ、自ら生命活動を停止するというのは人類のDNAに抗う強い意思の現れ」
主治医「時代が時代なら大成していたのかもしれません」
主治医「残念なことです。また、悲しくもある。寒い時代ですよ」
ゆう「やめてくださいよ先生」
ゆう「甘えんぼが世の中から楽して逃げ出すだけなのに…」
J( ‘ー`)し「行きましょゆうちゃん」
ゆう「うん……」
【カプセルルーム】
J( ‘ー`)し「たくさんカプセルがあるわ」
ゆう「意外と騒がしい場所なんだね」
主治医「ここにある600のカプセルの入眠の時間は同時となっています」
主治医「みなさんご家族や友人とのお別れなど準備をしているところです」
主治医「睡眠導入剤の注射は、かならずかかりつけ医が担当することになります」
ゆう「最後まで先生がめんどうみてくれるんだ」
主治医「先にお母様に安定剤を注射させてもらいます」
主治医「いざというとき暴れる方もいらっしゃるので」
J( ‘ー`)し「……仕方ないわね」
ゆう「あと10分か……」
J( ‘ー`)し「恋人がいても不幸なのかい?」
主治医「お金があっても、土地があっても、足し算していくだけでは、必ず良い結果にはならないのです」
主治医「私たちは頭に機械をあてて数値を測ることしかできませんでした」
J( ‘ー`)し「ゆうちゃんはお金もちだったら死にたくなかったかい?」
ゆう「たぶん……お母さんには悪いけど」
ゆう「たっぷり遊べるお金があったら、死んでないと思う」
J( ‘ー`)し「そうかい。次はお金持ちの家に生まれるといいねぇ……」
ゆう「ううん。生まれ変わり、信じてないから」
主治医「では、睡眠導入剤を注射します」
主治医「カプセルに横になってください」
ゆう「はい」
J( ‘ー`)し「……」
主治医「脇の箱に入れておいてください。他にカプセルに入れるものは?」
ゆう「いえ、何も」
主治医「良い眠りを」
ゆう「覚めない夢ってどんなのかな」
J( ‘ー`)し「あぁぁ……アァ、ゆうちゃ……あぁぁあ」
ゆう「大丈夫だよお母さん。寝るのは好きだから平気」
ゆう「お母さんが泣いちゃったら、きっと天国にいけないよ」
主治医「時間になりました」
J( ‘ー`)し「!」
ざわざわ
主治医「睡眠導入剤を注入します」
プスッ
ゆう(さようならお母さん)
ゆう(感謝はしないよ……最後の最後まで、憎かった)
ゆう(物心ついてから一度も、幸せだったことなんてなかったよ)
ゆう(それでも、薬のせいかな、いまはもう、なんとも思わない……)
ゆう(辛いとか苦しいとか哀しいとか)
ゆう(あれだけ人生を揺さぶられた感情たちでさえ、しゃぼんみたいにはじけて……)
ゆう(すごく、眠たい……)
ゆう(先生……虚しい目をしてる……)
ゆう(お母さん……やっぱり、泣いちゃったんだね……)
ゆう(このまま……意識がとぎれて……死んで燃やされて……)
ゆう(死んで……)
ゆう(死…………)
ゆう(真っ暗だ)
ゆう(これが死……?)
ゆう(嘘だよね、真っ暗だ)
ゆう(これが続くの?)
ゆう(……永遠に? 死後の時間って何?)
ゆう(死ぬって違う。こんなんじゃない……)
ゆう(ただ何も感知できなくて、すべての思考と視点を失って、自分が無なりと存在すべてが消え入るんじゃないの?)
ゆう(違うとしても、ならせめて天国は? 地獄は? 何も……なんでないの……?)
ゆう(なにも見えない。何かみたい)
ゆう(あれ、もしかして死にたくなかったのかな……)
ゆう「……?」
ゆう「ぁ……ぁ……?」
ゆう(ここは……)
ゆう(ガラス……カプセルだ)
ゆう(あれ、あれ?)
ゆう(声がうまくだせない……)
ゆう(お母さんは?)
ゆう「ぉ……ぁ……ん」
ゆう「……」
ゆう(あれ……)
ゆう(死んだと……思ったのに……)
ゆう「!」
男「よぉ、起きたか?」
ゆう(は……?)
男「右手のあたりにスイッチがあるだろ。それでカプセルのフタあけろ」
男「手うごかないなら叩きわろうか?」
ゆう(右手……右手……ぁ)
ウィーン
男「おはよう。ええと、65561号さん」
ゆう(だれ……何……? え……?)
ゆう「……?」
男「ほっとしたぜ。俺だけじゃなくてさ」
ゆう「な、な……ぁ」
男「声でねーか? 寝起きみたいな感じだろ」
ゆう「ケホッ、ケホッ……あ、あーあー」
男「……」
ゆう「……?」
男「まずは、何から説明したものか。俺だってよくわかってねぇからな」
ゆう「こ、こ、ここ。は」
男「残念だったな死ねなくて」
男「運がいいのか悪いのか」
ゆう「え……」
ゆう「安置……? あれ……」
男「こいつ、状況を飲み込めてねーな」
ゆう「あの……」
男「もう一度言うぜ。お前は死んでない。俺もだ」
ゆう「嘘……」
男「俺たちはカプセルで入眠したあとここに運びこまれた。そんでもって」
男「目が覚めた。それだけのこと」
ゆう「目が覚めた!? なんで死んでないんですか?」
男「だまされたぜ。殺す機械じゃねーんだよ」
男「自殺するなら勝手にしやがれってわけだ」
ゆう「ぃ、意味がわかりません」
男「頭が鈍いんだな」
男「国立自殺センターが人殺しなんてするかよ。殺人センターになっちまうじゃねぇか」
男「俺たちはさ、あの時代からつまみ出されただけなんだよ」
男「嘘じゃない」
ゆう「じゃ、お母さんは? 先生は!?」
男「知るかよ。俺だってまだ起きてちょっとしか立ってねぇんだ」
男「ただ、予想するに、この先サイテーな人生しか待ってないぜ」
ゆう「どういうことですか?」
男「外でてくりゃわかる」
ゆう「……」
男「あ、そうだ。ゆっくり扉開けろよ。目に砂が入るからよ」
ゆう「……え」
男「鳥取にでもこの安置所つくったのかと俺も最初は思ったさ」
男「でも違う。都会のどっかだよ。たぶんな」
ゆう「そんなわけないじゃないですか……」
男「俺たちは、とんでもない時代に目覚めちまったんだ」
ゆう「……」
男「お笑いだぜ」
男「とりあえず。中へ戻ろう」
ゆう「はい……」
ゆう「あ、あの……」
男「?」
ゆう「どうして、飄々としてられるんですか?」
男「俺がか? 冗談やめろよこれでも焦ってるぜ」
ゆう「そうは見えません」
男「ここにももうすぐいられなくなる。そしたらあのなーんもないお寒い世界に放り出されちまうんだ」
ゆう「こ、ここに入れば……」
男「ここにはカプセルナンバー60000~75000まで収容されてるんだ」
ゆう「え……」
男「15000分の2だ」
ゆう「は……?」
男「あとのやつらは、解凍された時点で死んでんだよ。そこのカプセルのおっさんひっくりかえしてみろよ」
男「ぱっと見じゃわかんねーけど全部壊死してるぜ。俺たちいったい何年寝てたんだろうな」
男「俺たちは恐ろしく長い時間、氷漬けだったんだよ」
男「コールドスリープって聞いたことあるか?」
男「宇宙飛行士が長距離航行する時に使われるっていうSFのアレだ」
男「すでに死んでる奴を未来の蘇生技術頼りに凍らして保存するのとはわけが違う」
ゆう「……」
男「生きてるまま時間を停止されるようなもんだ」
男「このカプセルはさながら冷凍庫ってわけだな」
男「そしてたぶんあの注射の成分は睡眠導入剤だけじゃなかったはずだぜ」
男「俺の予想じゃ細胞を完全に停止させる何かがはいってるじゃねーかな」
ゆう「……はあ」
男「だから運が良かったっていったろ? うまく作用した人間が俺たち二人だけなんだ」
ゆう「……」
男「俺とお前はどうあがいても生きてるんだよ!」
男「こんだけの死体が一斉に解凍されたんだ。とんでもねぇことになるぜ」
ゆう「というと」
男「臭くて鼻がひんまがる」
ゆう「!」
男「この施設は終わりだ」
ゆう「……」
男「気持ちはわかるぜ」
男「死にたかったよな」
男「俺もだよ」
男「正直、もうどうだっていいんだ。でもさ」
男「こうやってぺちゃくちゃおしゃべりしてないと、現実におしつぶれそうで怖くなってさ」
男「お前もそうだったんだろ? 心が壊れるくらいなら死んでしまえって思ったんだろ?」
男「たぶんそれも、人間に備わった本能なんじゃないか」
ゆう「……わかりません」
ゆう「!」
男「頼むから、俺の話相手になってくれよ……」
ゆう「寂しい、ですよね」
男「わかってんだろ……」
男「俺、一人で目覚めて、状況を理解したとき、怖かった」
男「カプセルをひとつひとつ順番にみてまわるんだけどよ。誰も起きてこねぇの」
男「どいつもこいつも安らかな顔して、返事もしねーで」
男「おーい起きろー、朝だぞーって。俺ひとり、ずっと勝手に話かけてんの」
男「……」
男「……孤独に勝る、絶望なんてない」
男「きっとあんときの俺を自殺係数で数値化したら10切ってたぜ」
ゆう「……」
男「この世界で死ぬまでの暇つぶしにはなりそうだぜ」
ゆう「……」
男「つっても、こう根暗だとなぁ」
ゆう「あなたは、なぜ死のうとしたのですか?」
男「借金だよ。あと身内の不幸」
ゆう「……」
男「お前は?」
ゆう「言いたく、ありません」
男「聞いといてそれかよ。ま、仲良くやろうぜ」
ゆう「は、はい」
男「まずは食料だな。ここも広いからまだほとんど回ってねぇんだ」
ゆう「そうなんですか」
男「……なぁ、ココにある食いもんって、食えんのかな」
ゆう「……」
ゆう「えっと、今がここだから」
男「すげぇよな。1つの部屋にカプセル150保存しててそれが100部屋だぜ」
ゆう「ほんとに全部の部屋にカプセルがあったんですか?」
男「さぁな。数部屋しか確認してねぇよ」
ゆう「見て回りますか……? 他にも目覚めてる人がいるかも」
男「……いや、いい」
ゆう「え……」
男「無駄だ」
ゆう「無駄って……」
男「目覚めてたらそいつもそのうちウロウロするだろきっと」
ゆう「そう……ですね」
男「どう見ても気に入らねーやつならそのまま放っておいたかもしれない」
ゆう「え……」
男「お前だって、人間の好き嫌いあるだろ?」
男「別に俺たち、あの日から何も変わってねぇんだ」
男「時間感覚でいうとほんの一瞬みたいなもんだぜ?」
男「いきなりこんな世界にきたからって、誰とでもうまくやってける出来た人間になれるわけねーよ」
男「そうだろ?」
ゆう「でも……」
男「まずは食料品を探そう」
ゆう「はい……」
ゆう「鍵かかってませんね」
男「どれが食えるかわかんねーな」ガサガサ
ゆう「あ、この缶詰なんてどうですか? カチンコチンですけど」
男「お、ナイス。えっと賞味期間はと」
ゆう「2029年……ですね!」
男「……缶詰でこれってことは本格的に絶望したほうがいいかもな」
ゆう「え……」
男「ゆう、いま何年かわかるか?」
ゆう「わかりません」
男「エントランスにバッテリー式のでっかい時計があった」
男「2180年、だってよ……」
ゆう「……」
ゆう「そ、そんな」
男「自殺扶助ってよりも、これだと処刑だぜ」
ゆう「外に行けば……もしかしたら」
男「あるといいけどな、あの荒廃した大地にさ……」
男「どっちみち、人には生きる糧が必要なんだ」
男「この施設をつくったやつも端から全員起きるとは思ってなかったみたいだな」
男「薬に耐え切れて、コールドスリープから冷めることができる人間だけが生き伸びればいいって具合か」
ゆう「15000人の食料を賄うには明らかに不足してますもんね」
ゆう「は、はい。でも……」
男「……?」
男「まだ気にしてんのか。誰も起きてきやしねぇよ」
ゆう「だけど一応……カプセルのフタの開け方わからないだけかもしれないし」
男「じゃあ手分けしようぜ。俺は奥の部屋から順番に物色する」
ゆう「……」
男「カプセルの中にめぼしい形見が入ってたらとってこい」
男「ガラスは意外と簡単に割れるからな。お前の細腕でも大丈夫だろ」
男「この鉄パイプ使え。俺は適当に椅子とかでやるわ」
ゆう「……それは気が進みません」
男「じゃあそれで頭しこたまぶんなぐって自殺でもしろよ」
男「俺もだ。飢え死になんて苦しいのはもっと嫌だ」
ゆう「……」
男「お前時計もってるよな? うごくか?」
ゆう「いえ……」
男「そりゃそうか」
男「じゃあだいたい二時間くらい後でエントランスで落ち合おうぜ」
ゆう「はい」
ゆう「誰か、目覚めた人はいませんか?」
ゆう「右手のあたりに開閉スイッチがあります。聞こえていたら押してみてください」
ゆう「誰か、目覚めた人はいませんか?」
ゆう「右手のあたりに開閉スイッチがあります。聞こえていたら押してみてください」
ゆう「誰か、目覚めた人はいませんか?」
ゆう「右手のあたりに開閉スイッチがあります。聞こえていたら押してみてください」
ゆう「誰か、目覚めた人はいませんか?」
ゆう「右手のあたりに開閉スイッチがあります。聞こえていたら……」
ゆう「だれか……」
ゆう「右手にあたり……に……うぅ」
ゆう「そうだ、あの有名ロックバンドのボーカル……」
ゆう「こんな安らかな顔してたらわかんないよ」
ゆう「……死んじゃったんだ」
ゆう「なんだか、もったいないような」
ゆう「ねぇ、生歌、聞かせてほしいです。起きませんか?」コンコン
ゆう「……はあ」
ゆう「みんな死んでるのに、全然死体って気がしないから余計滅入る……」
ゆう「やっぱりもう戻ろうかな」
ゆう「……こっちの人は、すごい苦しそうな顔で眠ってる」
ゆう「悪夢でもみたのかな」
ゆう「こんな死に方……やだな」
ゆう(お母さん……)
ゆう「どんな最期だったんだろ……」
ゆう「戦争で、死んじゃったのかな」
ゆう「それとも、自殺センターの申請とおったのかな……笑顔では、死ねなかったよね」
ゆう「どっちにしろ。もう会うことはない……二度と会えない……」
ゆう「寂しい……」
ゆう「ごめんなさいお母さん。お母さんは、もっと寂しかったんだよね」
ゆう「ごめ……なさ」
男「泣いてもあの日には戻れないぜ」
ゆう「!」
男「お前をとりまくすべては、もう過去の事なんだ」
男「俺たちは未来にとりのこされた。くそったれの親不孝どもさ」
ゆう「……」
男「ちょっと寂しくなってなぁ!」
ゆう「……そうですか」
男「俺んち、昔から借金だらけで、日本中あちこち逃げまわってさ」
男「友達なんて出来たことなかった」
男「だから孤独は慣れっこだっておもってたけど」
男「この時代に来てわかった」
男「テレビもラジオもインターネットもない世界じゃ、死んじまうくらい苦しいぜ」
ゆう「……」
男「俺たちは人嫌いだなんて言って拒絶しながらも、知らずしらず、人とのつながりを求めてたんだ」
男「ま、俺はお前と違って根暗ではないけどな」
ゆう「……」
ゆう「……」
男「臨床結果は15000分の2だ」
男「過去の研究者どもが見たら絶句する確率の低さだぜ」
男「いや、それで良かったのかもな」
ゆう「どういうことですか?」
男「そうだな。ちょっとこっちへ来い、いいもん見せてやる」
ゆう「……?」
男「管理室みたいなとこだ」
ゆう「当然だれもいないですよね」
男「まぁ座れよ」
男「パソコンはさすがにつかねーけど。書類ならのこってるぜ」
ゆう「紙が何百年も残るんですか?」
男「極端に湿度が低くて幸いってとこだな」
ゆう「……計画書?プロジェクトエーアールケー?」
男「ARKだな、たぶん」
男「馬鹿げてるぜ、胸糞悪い」
はよ
ゆう「適正者を抽出……」
ゆう「投薬により細胞活動を停止させたのち」
ゆう「コールドスリープによる種の保存……?」
ゆう「解凍覚醒後の調整は管理者である」
ゆう「……種の保存?」
男「まんまと失敗したわけさ」
男「これじゃお薬の実験モルモットにされたほうがマシだったぜ」
男「こんな世界にぽんと放り出されて生きていけるわけがねぇ」
ゆう「……」
男「わかるか?」
ゆう「どうして、種の保存っていうならもっと優秀な人材を」
男「おいおい。本気にすんなよこんな馬鹿げた計画」
男「優秀な奴のだれが、成功するかもわかんねー実験に生身で参加するんだよ」
男「その時代にうまくやってる成功者たちが本気で後の世を憂うとおもうか?」
男「結局さ、こんなもんどうでもよかったんだよ」
男「ただ保険的に人間凍らせて起きればラッキー死んだら残念。あとのことは任せますってなもんだ」
男「俺はこれを読んでそうとしか思えなかった。人の命なんてどうでもいいんだよ」
男「俺たちみたいな生死に頓着がなくなったやつらはおあつらえ向きだったんだ」
ゆう「……」
男「そのくせ見届け人は全部勝手に戦争して死んでるときやがった」
男「結果を確認できない実験なんて実験じゃねぇよ」
男「こんなもん、ただのお遊びだ。なにがプロジェクト:ノアズ・アークだよ」
ゆう「悪気は、なかったんじゃないでしょうか」
男「よっぽどたちが悪い。俺たちはなんとしても死にたかったんだ」
男「人としての最期の尊厳すら、踏みにじられた!」
ゆう「……」
男「どうしようもねーよ」
ゆう「……」
男「なぁ、ゆう。死にたいか?」
ゆう「……」
男「俺、殺してやるぜ? 一思いにお前のこと」
男「お前の首細いから、たぶんいける」
ゆう「……」
男「可哀想だよ。俺もお前も」
男「お前はどうかしらないけど。俺には本当になんのとりえもなかった」
男「そんな俺が、ものすごい確率くぐりぬけて薬に耐えてこうして生き延びてる」
男「でもそれは、俺が望んだ結果とは真逆でさ」
男「生まれつきとことん運が悪いって、証明だぜ……」
ゆう「……」
男「……お前が俺を殺してくれるのか?」
男「でも、悪いなイタイのは嫌なんだ。ガキの頃、夜さわいでるとクソ親父におもっくそぶん殴られてさ」
男「借金から逃げるためならガキの安否なんてどうでもいいのな」
男「はあ……あいつも、とっくの昔に死んだんだよな……感慨深いぜ」
ゆう「……」
男「よし、どうせやるならそうだな……そのパイプで一発で気絶させるとか」
男「……って無理だな」
男「人間は、そう簡単に死なねぇよな」
男「あぁでも、簡単に死なねぇ人間が……もう二人しかいないんだよな……」
ゆう「殺すのは無理ですよ」
男「わかってる」
男「お前はどうみても優しいから」
男「それでいいよ。俺は怖くてガツガツした奴より、そっちのほうが好きだ」
ゆう「優しい人だけの世界って、無理だったんですか?」
男「いまさらだぜ」
ゆう「……」
男「でも、そう考えるとやっぱり俺たちみたいな自ら死を選ぶ人間はおあつらえ向きだったんだ」
ゆう「きっと計画がうまくいっていたら、気の合う人たちがいっぱいいたのかな……」
男「すくなくとも、この惨状をみて戦争なんてやる気にはならねーよな」
男「お前、対立とか、ケンカとか嫌い?」
ゆう「はい。すごく」
ゆう「嫌いっていうより。怖いです。意見の食い違いとか。価値観の相違とか」
男「よく生きてこれたな」
ゆう「だから死のうとしたんですって!」
男「そりゃそうか」
男「でもよ。人はたった二人いるだけで争いがおきるんだぜ」
ゆう「……」
ゆう「……」
男「人は誰かと争うんだ。生きてる限り、一生だぜ」
ゆう「……でも、気の合う人同士ならそれでも大丈夫な気がします」
男「そういう人にめぐりあえたことは?」
ゆう「……」
男「せめて俺のこと指差すとかしてくれよ」
ゆう「あんまり、気さくな人は得意じゃないんです……」
男「俺はお前とならわりとうまくやっていけると思うぜ」
男「ま、明日あさって生き延びられたらの話だけどな」
ゆう「……そうですね」
ゆう「……?」
男「アダムとイブって、どんな気持ちだったんだろうな」
男「楽園からまだ見ぬ未開の地へたった二人で投げ出されて」
男「怖くなかったのかな」
ゆう「……どうでしょう、想像付きません」
男「今思えば、本当に俺たちの時代は楽園だったよ」
ゆう「でも私達、自分たちの意思で楽園を離れたんですから」
男「そうだな……自殺ってのはシステム化された社会での、ある種の禁忌だったの、かも」
ゆう「……行きましょう。ここもだんだん臭いが」
男「あぁ……」
おわり
お前ら何年寝てたんだ!
普通は殺してやろうかなんて言えねー
冷凍はされてないぞよく読め
カーチャンとゆうすけのイメージで騙される
転載元スレhttps://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1598846563/
コメント