そのまま卒業し公務員になろうと考えたが
上手くいくはずもなく、一年以上にわたり引きこもり生活を続けてた
そんな俺の話だが暇つぶしにでも聞いてくれ
もういいから
いや、とんでもない
Fランだよ、はっきり言って
立てたからには終わらせてくれよ いい話だから最後まで聞きたい
がんばってくれ
>>536の続きから書きます
待たせて本当ごめんなさい
起きてまず電気ケトルでお湯をわかしテキトーにカップ麺を食べる
そんでもって薄暗い部屋でパソコンに向かうだけ
それの繰り返し
たまに週間の雑誌を買いにコンビニ行くくらい
本当にクズな生活を繰り返していた
普通に友達もいてゼミもやって、バンドなんかも組んでたんだ
楽しく大学時代を過ごしたんだけど
就活は本当に厳しかった
内定もらえなくて、安易に公務員だ、と考えたが
それが間違いだった
大学4年の秋くらいからバイトもしつつ勉強も始めたが
それも最初のうちだけだった
大学時代就職できなくて
まあ来年でいっか、って言ってうっかり卒業しちゃって
為す術なくなってひきこもりかフリーターになっちゃうヤツ
まあ俺の場合バイトしてたのも最初のうちだけで
あとは家に篭もってたから本当のクズなんだけどな
まだ公務員勉強とかそれなりにはやってた
でも普通に試験落ちまくって
マジで落ち込んだ
まわりの友達は「大変だー」と言いつつも
新しい世界、環境で、堂々と働いている
そう思った瞬間、俺は本当になにもやる気がなくなった
親には公務員勉強すると言っていたが
そんなものするわけもなく
毎日朝寝て夕方に起きる生活
次の年の春、24歳の誕生日を迎えた時
俺はいつも通り午後4時に起きて
ヒゲボーボーの顔をして家で独りでパソコンをいじってた
「ああ、俺の人生は詰んだんだ」ってなんとなく悟った
大学3年くらいになると、教授のもとに何人か集まって
同じテーマの元で研究するんだ
中高で言う、ホームルームのようなものと思ってもらってもいいかな
焦りや不安、当然あった
周りの友達はみんな真面目に働いて
辛いながらもしっかり未来を見据えているのだろう
そう思うと吐き気が止まらなくて
必死に必死に現実を見ないようにしていた
毎日親の突き刺さるような視線が痛かった
毎日そう思って眠りにつくけど
目覚めれば日が傾いていて何もかも嫌になる
そしてまたパソコンに夢中になって現実逃避
こーんな日々を大学卒業してから続けてたんだ
笑えてくるだろ?
「こんなことなら、いっそのこと少し旅にでも出てみようかな」
という考えがよぎった
久しくコンビニ以外に出かけていなかったし
それもアリだな、なんてがらでもないことを考えた
本当に唐突な事だったが
そう思い浮かぶと、途端にワクワクし始める
色々と忘れられるし、家にいるよりずっと精神衛生にも良さそうに思えた
家にいると親の視線が痛くて仕方ない
申し訳なくて、後ろめたい気持ちもあったから尚更だった
思い立ったらすぐ始めないと辞めてしまう、と思い
その日の翌日には出かけることにした
そしてすぐに準備を始めた
携帯と財布に、煙草と缶コーヒー…
荷物は最低限に抑えることにした
ワクワクしてきた
少し気取ったつもりで持って行こうと思った
パソコンで時刻表とかチェックしちゃって、久しぶりにワクワクしたな
その日の夜は「明日は予定があるな」って思うと
嘘のように穏やかに眠れた
「明日やることがある」
これって、実は本当に大事なことだったんだな
生活に張りが出るよな
ちょっとした緊張が刺激になる
これだけのことでなんか凄く晴れがましい気持ちになった
とは言え、9時をまわった辺りの時間だったので親は既にいなかった
俺はテキトーにお茶漬けをかきこんで出かける準備を進めた
とりあえずは、近所の在来線に乗っていけるとこまで行く心づもりだった
しばらく家をあける気もしたから
台所にあったブロックメモに
「東京の旧友に会いにいくのでしばらく帰らない」
という旨のメモを残しておいた
俺に会いにいくような友達もいない
そのまま家を出ると
まだ「午前中」って感じの賑やかさが街を包んでる気がして
とても新鮮に見えた
俺はよっぽど家を出てなかったんだな…ってつくづく実感した
時間帯もあってか人は少なかった
まあ田舎の駅だし、こんなハンパな時間に電車を使う人もいなかったのだろう
駅の横に作られた喫煙スペースみたいなとこで一服して、
次に来る電車を待った
行き先などは特に決めて無く、次に来た電車に乗ろうと考えていた
そのホームに行ってしばらく突っ立っていると
電車がやってきた
この時、偶然この電車に乗ったことで
俺の人生は変わった
もし違う時間なら、違う路線なら、違う方向なら、と今でも思う。
なんのことはない、フツーの電車のフツーの車内。
ついに旅に出た…と胸が高ぶっていたのも最初のうちだけ
揺られている間に眠くなり
俺は眠ってしまった 電車の揺れって気持ちいいもんな
しみじみ
一時間半近く経過していた
けっこう遠くまできたな…って思って
次の駅で降りることにする
そこは、地名は聞いたことがあったが初めて降りる駅で
下りて駅の看板を見た瞬間に一気にワクワクが込み上げた
一気に自分の知らない世界に来たかのような感覚になった
もうお昼もまわっていい時間だったので
俺はテキトーにコンビニを見つけて昼飯をすませ
とにかく歩いて色々見てみることにした
お洒落な喫茶店や、〇〇作り体験工房のようなものばかりで
まわればまわるほど俺とは無縁の場所に思えた
賑やかで楽しそうなのは結構なことだが
なんだかとても寂しい気持ちになった
そういうのを見ていると、あとすこしで
「俺に何してんだろう」って気持ちになってしまいそうで
旅に出た決意やワクワクがなくなりそうだった
ワクワクするのも、次の瞬間冷めてるのも、痛いほど分かる
ゆっくり自然でも堪能して帰ろうか、と思って
少し道を下っていった
山側の斜面には草や木々が生えていて
人通りもあまりなくて、良い感じだなぁ~と浸りながら歩いていた
道を下り続けると割とひらけた場所に出て
ポツポツと民家があるのが目に入った
正直もう歩き疲れもあったしで、どこかで休みたくて仕方なかった
ひらけた道を歩いていると、途中「民宿〇〇」と書かれた
薄汚れた看板が目に入った
割としっかりした感じの建物があり、敷地の中に駐車場があった
いかにも田舎の宿って感じで俺は一瞬で心を奪われた
こういう所に来たかったんだ
恐る恐る玄関を開けた
引き戸?っていうのかな、ガラガラ…って開けるやつ。
玄関を開けると脇に水槽があって、ジュースの自販機があった
番台のようなところに
「厨房にいます。御用の方は呼び鈴を鳴らしてください」
と書かれていた
番台の上にあった呼び鈴を鳴らした
すると奥のほうから初老の女性が出てきて
「こんにちはー」と愛想よく言った
俺は「今日泊まれますか?」と聞いた
「宿泊ですね、大丈夫ですよ」と笑顔で応えてくれた
手続きを済ませると部屋の鍵を渡された
引きこもりが生まれ変わる姿を見てみたい
支援
若く見られたのか
「学生さんですかー?」とか聞かれたので
「今年で24ですよw」とか言ってはぐらかした
でもとても雰囲気の良い方で
この宿見つけてよかったなあって思った
部屋が3階だったので、しばらく部屋で外眺めたりしてマッタリして
頃合いを見て大浴場?のような所に行ってひとっ風呂浴びた
なんだかんだでけっこう堪能していた
そういや夕飯食ってねえな、と思い
一階の受付へ行った
するとさっきの女将さんが出てきて
「あ、そういえばお夕飯の案内するの忘れてました…ごめんなさい」と言ってきた
どうやら夕飯は18時~食堂だったらしく、他のお客さんは食べた後だったようだ
俺は「いえいえ今からは申し訳ないんで」と言ったのだが
平謝りされ、俺だけ食堂に案内され遅れて夕飯をいただくことに
ほのかに夕飯の香りが残っていたけどガランとしていた
俺が椅子に座ると
すみにあるソファに座ってテレビを見ていた親父さんが近づいてきて
女将さんと何やら話していた
そして俺の斜め前に「よっこらせ」と言って座った
親父さんは俺の方を見て優しく笑った
親父さん「こちらのミスで、どうもすいません」
俺「いえいえ、遅かったこっちも悪いんですw」
親父さん「ビールでも飲みますか?」
と言って脇にあった冷蔵庫からビール瓶をとり出し始めた
「お言葉に甘えてw」と言って俺も差し出されたグラスを受け取る
この親父さんもとても人当たりのイイ人で、話しやすかった
そうしてるうちにご飯が運ばれてきて
テーブルの上はたちまち暖かい食卓と化した
親父さん「今日は一人で?」
俺「はい、気晴らしにw」
親父さん「さっき家内に24と聞いたけどまだ若いよね、お休み?」
と聞かれた
すると立って仕事をしてる女将さんも
「若いよねーw」と声をかけてきた
どうせ旅の出会い、もう会うこともないし
「あー…なんというか、自分仕事はしてないんです。
フリーターでもなくて…ニートみたいな…」
きっとこんな事を言ったらどんびかれるし変なヤツに思われるだろうなぁ
と半ば諦めも含めて覚悟していた
おもしろいよ
私も今じゃ社畜だけど、お出掛けは楽しい
「そうなんだ」と言って笑ってみせた
親父さん「色々大変な世の中だもんなぁ、若い人は辛そうだよ」
と言って優しく笑って「ビールつぐよ」と言ってくれた
俺はかなりの決心で言ったのだが全然態度を変えることなく
驚いた、驚いたし何より嬉しかった
親父さん「それでここまで一人旅か、いいことじゃないかうんうん」
と言ってニコニコした
女将さんも、「このへんは馬鹿みたいに広くて自然があるだけだよねーw」
と言って笑っていた
俺は本当に心を打たれた
今まで自分にとって決して向き合いたくないレッテルだった「ニート」「ひきこもり」というものを
こんなにも暖かく受け入れてくれるなんて
楽しくて嬉しいのに、泣きながら自分のことを語った
今まで誰かに話したくてたまらなかったけど、誰にも言えなかったこと
自分がどれほど甘いかは分かっていて焦ってる
でも結局弱くて全然踏み出せないこと
まわりの友人達はどんどん立派に成長していく
それを痛感するたびどんどん相談できる人もいなくなって独りになったこと
親にはとても申し訳ないと思っていること
見ず知らずの親父さんと女将さんに、俺は自分の今まで溜め込んでいたことを
思い切り吐き出した
親父さんと女将さんも涙目になって「うん、うん」と話を聞いてくれていた
今日会ったばかりの、ただの客にすぎない俺なのに
そのあと、親父さんに誘われて玄関の灰皿が置いてある場所に行って
一緒に一服した
親父さん「人生って長いよな。色々あるんだ」
俺「はい…」
親父さん「焦りなさんな、まだまだ〇〇君も始まったばっかり。
これからゆっくり歩いてけばいいんだよ」
俺はその言葉に黙って頷いた
喋ると、また泣いてしまいそうだった
面映いような気持ちもあったが
胸に熱いものがこみあげていた
夜もとっぷり暮れていたので
俺は部屋に戻って寝ることにした
この日、俺は密かにもう一泊していくことを決めた
見知らぬ町に来て、とても大事な場所を見つけたような気がした
目覚めると家じゃない、ってのがすげえ新鮮で
目覚めた瞬間一人で「おー…」とか言っちまったw
下に降りて女将さんに挨拶する
もう一泊したい旨を告げると
「いいよーwチェックアウトとかそういうのもないし、あの部屋そのまま使ってねw」
となんだかとてもあっさり承諾された。
さて何しようか、となった。
とりあえず風通しの良い3階の部屋で窓から外を見つつ読書。
すごく気持ちいい、窓から見える景色はのどかな田舎の景色だった
読書をしていると部屋の外から掃除機をかける音や
パタン、パタンと女将さんやスタッフさんの歩く音が聞こえた
それもとても心地よくて
気付くと時刻は3時をまわっていた
フラフラと下に降りて
受付に女将さんがいたので話しかけた
女将さん「ゆっくりしてる?」
俺「とっても居心地いいですw」
俺「何か、手伝えることとかあります?」
と聞いたら
「とんでもないw」と言われて遠慮されたんだけど
少しして女将さんが思い出したように言った
俺「ワンちゃんいるんですかw名前は?」
女将さん「ケンちゃんって言うんだけどね、まだ若い柴犬だよ」
と言われて俺はそれを喜んで引き受けた
女将さんいわく「そのへんを適当に歩いてきてごらん」とのことだった
散策にもなるし、一石二鳥だ
裏に回ると、とてもおとなしい可愛い柴犬と目があった
なるほど、これなら俺にも散歩を任せられるはずだ、と思った
俺はケンを連れてゆっくり敷地から出た
来た時の道に出て
この宿を見つけたことでまだ先に行ってないな、と思ったので
来た道をそのまま歩いて行ってみることにした
もう夕方だったけど
まだ日は眩しくてまだまだお昼くらいのように感じた
その中に家がぽつぽつとあって…本当に田舎だった
俺の住んでるところも田舎だが…それ以上に田舎だった
ちょっと小道にそれれば舗装されてない道もあって
車は大変そうだな~なんて思った
ケンもおとなしく歩いてくれるので気持よかった
ひとしきり歩いて
「空気が美味いなあ」と感じて
そろそろ帰るかーって思って来た道を引き返した
途中で一人の女の子を見つけた
犬を連れていて、向こうも犬の散歩をしているようだった
若い子で、高校生くらいだ
道ですれ違ったら振り向いてしまう位、俺には可愛く見えた
でもその子はとても険しい顔をしていた、人を寄せ付けないくらい
そして通りすぎる時、少し立ち止まって
ケンを見つめて俺を見て、とっても怪訝そうな顔をした
俺は「なんだ?」と思って振り返った
するとまた20メートルくらい離れたところで
こちらを振り返って怪しそうな目でこちらを見ていた
「俺なんかやったかな…?」と思いつつも
気にしないようにして宿への帰路を急いだ
一瞬のことだったからその時はハッキリ覚えていなかったけど
とても儚げで不思議に見える子だった
宿に帰る道で、その子のことが頭から離れなかった
忙しい時間帯だった
宿の中は賑わっていて、バタバタしている
俺は先程の少女のこともあってなんだか落ち着かず
宿の受付前をフラフラしていた
すると玄関のはしっこに
「スタッフ募集」と書かれた紙が貼られているのを見つけた
俺はそれを見て一つ決心した
人のいなくなった食堂に向かうと
親父さんはソファに座り、女将さんは厨房で何かしているようだった
俺が来たのを見つけると
親父さんは「やあ」と言って笑って近づいてきた
そうすると女将さんも気づいて
「あらどうもーw」と言ってくれた
とか言いながら新聞を広げて斜め前に座った
カシャカシャと女将さんが洗い物をする音が響いていて
俺はしばらく黙ってテレビを眺めていた
言うか言わまいか、ドキドキしながら悩んだ
口を開くまでにけっこう時間がかかってしまった
コーヒー入れてこようw
親父さん「おお、あれか」
俺「あれって今も…?」
俺は恐る恐る尋ねた
親父「パートさんの入れ替え激しいからね、いつもだねw」
俺はそれを聞いて意を決した
勇気を振り絞って言った
すると親父さんの顔から笑みが消え真剣な眼差しになった
親父さん「本気なの?」
俺「本気です」
俺は黙って親父さんの目を見ていた
親父さん「いいよ」
俺「本当ですか?」
正直びっくりした、まさか快諾してくれると思っていなかった
親父さんは「かあさーん」と言って女将さんを呼んだ
「使ってない部屋あったよね?」「ええ」みたいな会話を始めた
親父さん「家、遠かったよね?住み込みで大丈夫?」
と言われたので、俺も「はい、はい!」と勇んで返事をした
「○○君、パソコンには強い?」「ちょうどWEBサイトを作りたかったんだ」
「洗濯の仕方分かるかい?」「子どものゲームの相手はできるかい?」
親父さんと女将さんがにこにこしながら話しかけてくる
「若い人が来てくれると活気がついていいねえ」
親父さんは笑顔で俺に言ってくれる
こんな、クズニートの俺にも生きる場所があった
ガキ臭いが俺はそんな風に思って
凄く凄く嬉しかったよ
なんでもやってやる、やりたい、と思えるようになった
親父さんに言われて次の日、さっそく実家に戻って荷物を持ってくることにした
親に民宿のパンフレットと名刺を見せて
「ここで働く事にした。住み込みだから、しばらく家を出る」
と伝えた
今までニートで家から出もしなかった息子の行動に
とんでもなく驚いていたようだが
「もう24なんだし好きにしろ。でもすぐに辞めるなよ」
と言われた
人生詰みかけてた俺に、こんな転機は二度と無い
もう、あんな暗い部屋でうずくまっているだけの日々はごめんだ、と思った
でも、話があまりにもポンポンと進んでいく事に対する不安もあった
働くとは言え、パートと同じ扱いだし
先が見えないことに変わりはなかったわけだが、
この時の俺は「とにかく何か始めなければ変われない」
そう考えていた
もちろん、この考えは間違いではなかったし
電車に乗って旅に出て、本当に良かったんだ
けっこう前まで住み込みの人がいたらしく、その人が使ってた部屋だ
4畳半ほどの狭い部屋
パソコンを置いて、布団を敷いたらほぼ一杯だ
でも、そんなの全然良かった
実家の鬱屈とした部屋に比べれば
今日からここが俺の新天地、そう思ってはりきった
と言われたので、俺はその日は一日プラプラすることに
夕方になって、あまりにも手持ち無沙汰だったのでケンの散歩へ行くことに
散歩しながら、もっとこの一帯の事を知ろうと思った
しばらく歩けば大きな国道にぶつかる事や、案外駅が近いと分かった
帰り道、一人で鼻歌を呟きながら帰っていると
この前会った女の子とまた出くわした
さすがの俺も、きまりが悪かった
女の子「あなたこの辺りの人ですか?その犬は…」
と突然話しかけてきた
俺は慌てて、「○○さんの所で働くことになった者です…」と答えた
女の子は合点がいったように「ああ、それで」と呟いた
そして一言「失礼しました」と言って足早に去っていった
一体何だったんだ、と少々イラッとしたけど
ケンが俺の方を見て尻尾を振っていたので、そのままおとなしく宿に帰った
親父さん「今日はゆっくりできた?どうだいこっちは」
俺「とってもいいところです」
そう言うと「そりゃ良かった」と言って親父さんは楽しそうに笑った
俺は心に引っかかっていた女の子の事を、親父さんに尋ねてみた
「今日、ケンの散歩してる時に女の子に話しかけられたんですけど…」
と一部始終を話した
親父さん「ああ、そりゃきっとカドワキさんとこの娘さんだね」
親父さん「すぐ近所の家だよ」
近所の子だったのか、となんだか申し訳なくなった
親父さん「この辺りはみんな知り合いみたいなもんだからね」
親父さん「○○君がケンを連れてるのを見て変に思ったんだろう。気を悪くしないでやっとくれ」
そういう事だったらしい。なんだか申し訳ないと思った
親父さん「うちにも回覧板を持ってくる事があるよ。会ったら挨拶してごらん」
俺は「はい」と答えたものの、ご近所がみな知り合いって感覚が新鮮だった
すっかり女の子のことは頭から抜けてしまった
そうだ、明日から俺は宿の一員となって仕事をする
こんな俺を拾ってくれたんだから一生懸命働きたい
俺はそう思って「任せて下さい!」って元気よく言った
4畳半の部屋で横になって、明日の仕事始めに備えた
嫌な気持ちなんてほとんど無く、ワクワクするくらいだった
まず起きて庭の草花に水やり、玄関の掃き掃除など
その後食堂で朝食の配膳を手伝う
慣れない仕事に戸惑いながらも宿の朝は賑やかに過ぎていく
その忙しさや活気が、なんだか俺には心地よかった
長年一人で篭もっていたことが嘘のように感じるほど
朝が過ぎれば各部屋の掃除に浴場清掃、ケンの餌やりに買い物等々
そして随時電話応対、予約の確認…
やることは本当に沢山あって忙しかった
続きはまた明日に書きますね
見てくれている人はありがとう
どれもやりがいのあるものばかりだったと思う
ご飯の配膳をしていればお客さんに話しかけられるし
部屋をピカピカに掃除するのだって悪い気はしなかった
こんなクズニートの俺が、仕事を楽しいと思える
誰かの笑顔のためになってると思える
それが本当に嬉しくてさ
何より、親父さんと女将さんに本当に感謝してた
「○○君来てごらん!」「○○君調子はどう?」
と言っていつも気にかけてくれるんだ
そしてたまに、夜の暇な時間になると
食堂に俺を呼んで「どう、一杯?」と誘ってきたりする
優しくて温かい、でもどこかお茶目な
そんな人達だったんだ
上手くいかないこともあったけど、順調に進んでいった
俺が働き始めてから間もなく、子供のいる家族連れが来た
宿の食堂には、大きなテレビとゲーム機が置いてあって
親父さんに「子連れさん来たから、ゲームを出しておいてね」と言われた
Wiiやプレステ3など、新しいゲーム機の中に
スーパーファミコンと、何やらスコープのようなコントローラがあった
俺はそれが何か分からず、手にとってまじまじと眺めた
親父さん「ああ、それね。スーパースコープ…だったかな?」
俺「ああ、聞いたことがあります」
確かに聞いたことはあったが、けっこう往年のもので、
俺は持っている人を初めて見たくらいだった
俺「なかなか珍しいものだと思うんですけど…」
親父さん「そうなの?うちの子が小さい時に買ったんだけど」
俺「あれ、子供さんいたんですか」
「二人ね、いるんだよ」と言ったきり続けなかった
あまり話したげではなかったので、俺も詮索するのはやめた
そうか、二人には子どもがいたんだ
でもここに居ないということは、外に働きにでも出たのか
俺はこの時、その程度にしか思わなかった
男の子の小学生の二人兄弟を相手に、Wiiスポーツやスマブラなどで激しく盛り上がる
「兄ちゃんふざけんな!」「今のはなし!なし!w」
などど言われながら、服を引っ張られたり叩かれたりするw
俺も童心に帰って楽しくゲームの相手をする
そのうちその子たちのお父さんや、親父さんまでもが混ざって
食堂はなんとも賑やかな雰囲気に包まれた
絶え間ない笑い声響いて、
こんな楽しいことが仕事でいいのか、と思うほどだった
夜もだいぶ暮れるまでゲーム大会は続き
ちびっ子たちは親御さんに促されて渋々部屋へと帰っていった
「兄ちゃん今度は負けねーぞ!」 そう言って指さして言ってくる姿がかわいかった
俺が親父さんに「楽しかったですねw」と言うと
親父さんは優しく笑って、「こういう事がね、結構あるんだ。」と言った
「だからいいものなんだ。これからも、色んな人に会えるよ」
そう言って、俺の横で笑顔で煙草をふかした
俺はそれを見て胸が一杯になった
親父さんはどれだけの人に出会ってきたんだろう?俺もこれからどれだけの人に出会えるだろう?
街灯もまばらな真っ暗な庭で煙草を吸いながら、頑張ろうって思った
昨日の親子連れが俺のもとへとやってきた
するとお母さんが、「あの…良かったら一緒に写真撮ってもらえませんか」と言った
俺は驚いて、「え、僕ですか?」と変な声を出してしまった
「この子たち、昨日からずっと楽しかったってそればっかりでw」
「お兄さんと別れるのが嫌みたいで…」
そう言われて見ると、お母さんの後ろで恥ずかしそうにしている兄弟がいた
すると親父さんが「なになに写真撮るの?w」と嬉しそうに近づいて来た
親父さんの「はい、チーズ」という声と共に
親子四人と俺、という何とも面白い写真が撮られた
兄弟のお父さんが「良かったなーちゃんとお礼を言いな」と言うと
ちびっ子二人は「ありがとう!」と笑顔で俺に言ってくれた
と俺に言ってくれた
玄関で俺が手を振って見送る最後まで、兄弟は「ばいばい!」と手を振り続けた
振り返ると、番台で親父さんが「良かったね」と言って笑っていた
ああ、俺はどうしてしまったんだろう
もの凄く感激して嬉しくて、泣きそうになるのを必死でこらえた
この世界、まだまだ捨てたもんじゃない、本当にそう思えたんだ
携帯からだとやりにくいね…遅くてごめんなさい。
また明日、書きます
見てくれてる人本当にありがとう
おやすみー
遅くなってごめんさい…
どうにもやっぱりパソコンの調子が悪いので、今日も携帯からです
申し訳ない。
誰かに本気で「ありがとう」と言われる喜びを知った
あのちびっ子二人の笑顔を見て
俺は今までに感じたことのない嬉しさや達成感を味わった
俺にも、誰かの役に立つ、そんな事ができるだろうか
そんな考えを持ち始めて、仕事にも徐々に慣れた頃
とある出来事が起こった
ひと通りやる事が終わり
少し休憩をしていた夕方頃、呼び鈴を鳴らす音が聞こえた
玄関の方から、「ごめんください」という声がしたので
俺は駆け足で向かった
そこには、この前の女の子が立っていた
女の子「あ… この前はどうも」
ときまり悪そうに言ってきた
俺「いえいえ…こちらこそ」
俺もどうしていいか分からず、どぎまぎして応対する
女の子「これ、回覧板ですんで…よろしくお願いします」
俺「あ、わざわざどうも」
女の子「いつもの事ですから」
そう言うと、「それじゃ」とだけ言い残し
何か急いでいたのか、そそくさと女の子は出て行ってしまった
俺は親父さんに回覧板を渡す前に
チラッと開いて中を見てみることにした
「河川及び路地清掃ご協力のお願い」
そこにはそう書かれた紙切れが一枚はさんであって、
俺は最初「なんだこれ」とまったくピンと来なかった
俺「これ、例のあの子が持ってきてくれました」
親父さん「おおそうか、ありがとう」
親父さんは眼鏡をかけて、帳簿をつけながら受け取ってくれた
親父さん「何か言われた?w」
俺「いえ、何も…?w」
親父さんは、俺と「カドワキ」という女の子の関係を楽しんでいたのだろうか
正直、女の子は俺の好みではあったけれどw
親父さん「ああ、2月に一度くらいね、
ここらの町内会の人達で近所の川や道を掃除するんだ」
俺「掃除…?」
親父さん「え、そうだよ?○○君のとこではなかったの?」
いくらそういう類のことを親に任せきりだったとは言え
初めて耳にする風習だった
親父さん「みんな、ここが好きだからね」
そう言って親父さんは笑った
俺「いいなぁ…」
俺がテンションを上げて言うと、親父さんは何か察したのか
親父さん「○○君、今度のやつ行ってみたら?ちょうどいい」
俺「いいんですか?」
親父さん「いいよいいよ。みんな若い人が来てくれると喜ぶし」
親父さんはそう言って俺の肩を叩いた
そうか、こんなものがあったんだ、と少しワクワクした
地区の行事、地域のつながり。
なんだかとても温かい 俺はそういうのに憧れてたんだ
明日はもっと早い時間に来ます
見に来てくれてる人、本当にありがとう
明日も2ch見る楽しみが出来た
待ってるよー
時間開けちゃってごめんなさい…
もう体調万全です
しばらくぶりですが、続き書きます。
地区にはお年寄りが多いので、早い時間帯からやるのは昔からの慣例だそうだ
特にどこをやるだとか、何をしなきゃならないという決まりはなく、
各々が開始の時間になると外に出てきて
自分の家の周辺の側溝?であったり道を掃除する
初対面の人が大勢いるだろうから、かなり緊張した
タオルを首にかけて軍手して…変な感じだったなw
草取りなんて、学生時代の行事でやった以来だ…
実家の庭の草取りくらいしろ、とよく怒鳴られたっけ…なんて思い出した
草を抜いていると、何となくニート時代の事を思い出してモヤモヤした
それを振り払いたくて、しばらく路端に生えている雑草取りに熱中していると、
カランカランと音を立てて、誰かが近寄ってきた
髪を結んでいたので、最初すぐに誰か分からなかった
俺に気づいて、目を丸くした
女の子「あ、おはようございます…」
俺「ああ、おはようございます」
女の子「空き缶を集めてるので…もしあれば…」
気まずいのか、恥ずかしそうに話しかけてくる
でも俺はその気遣いが嬉しかったし、知り合いがいて良かったと思えた
偶然持て余していた空き缶ゴミがあったし、
その子も俺の近くで一緒に草を取るような流れになった
俺「親父さんに、この近くに住んでると聞きましたが…」
女の子「ええ…目と鼻の先ですよ。本当にすぐそこです。」
ぶっきらぼうではあるが、会話が成り立つ
それがとても嬉しくて、ウキウキして草取りに励んだ
というより、なんだかシュールで笑えてきそうな位だった
俺「この辺っていいところですよね」
女の子「田舎ですからね…何もないですけど」
こんな他愛もない会話を繰り返していた
話し方にトゲはあるけど、きっとそれがこの人なんだろうって思って
最初ほど違和感や変な印象は受けなくなった
でもなんでこんなにドライなんだろう、という疑問はあったけど
草をまとめると「それ、こちらの袋にどうぞ」とか、
靴が汚れそうになると「ああ、靴が汚れちゃいますよ」
とか言ってきて、なんだかとても不思議な感じだった
本当のアナタはどっちなの?って感じで
全然性格とかそういうのが掴めなかった
一緒にいて、特段居心地が悪いとかはなかったんだけど
今までに会ったことのない影を持った感じの人だったので
すごく興味深かった
すると唐突に女の子が立ち上がった
女の子「あ、時間ですね」
俺「え?何のですか?」
俺がそう言うと女の子は嫌そうな顔をした
女の子「知らないんですか?」
俺「ええ…」
女の子「取った草を燃やす時間なんです」
ため息混じりで教えてくれた。やっぱり、まだまだイラッと来るところはあるw
俺「あ、そういう事なんですか…」
女の子「集まりだって大切な行事の一貫ですからね?一人だったらどうしたんですか?」
何故か知らないが怒られた
俺に落ち度があったとは言え、なんだかあんまりだ…
女の子に促されるまま、草が目一杯入った袋を抱えて歩いた
小さな空き地に出て、すでに焚き火が行われていた
その周りを、何人もの人が取り囲んで談笑していた
「あ、カドワキさんご苦労様ー」「カドワキちゃんだ、いつもありがとねー」
輪に入っていった女の子は次々と声をかけられる
地区の人からの評判はとても良いみたいだ
コミュニティ、人付き合い…そんなワードが頭に浮かんだ途端
俺は緊張して足が前に出なかった
家に引きこもっていた時間が長かった分、こういう場が本当に苦手になってたんだ
どうしたらいいんだ、と顔が熱くなって変な汗が出そうだった
女の子が向こうから「来なよ」と言って手を振った
俺はそれでもダメで、グズグズとして動けない
すると、女の子が輪から飛び出してきて俺の前に来た
「大丈夫だから」そう言って笑って、強引に俺の腕を引っ張っていった
女の子「〇〇さんとこで働いてる俺さんです」
俺「あ…初めまして。〇〇と言います」
と、輪の中に入ると瞬く間に会話が走りだした
近くにいたお婆ちゃんに「疲れたでしょ」と言ってチョコレートを渡された
「どこからきたの?」とか「若いのに行事に来て感心だ」
とか、地区の人はみんな暖かくて、本当に安心した
女の子が小声で「ね、大丈夫でしょ」と笑ってた
正直、俺はこの時に女の子の事を好きになったんだと思う
勇気が出なくて一歩踏み出せなかった俺を
腕を引いて輪の中に連れて行ってくれた
その瞬間のときめきが、忘れられずにいたんだよ
女の子がいたから、地区の人達とも関係を築けて
打ち解ける事ができた
女の子が、俺を助けてくれた そんな風に思ったんだよな
草を燃やす焚き火をみんなで囲いながら
水筒に入った温かい緑茶をもらって団欒する
みんなが他愛もない会話で笑っていて
俺は自分がそんな場所に居合わせられる事に感動した
前の俺だったら考えられない
宿で働き始めたこと、女の子と出会ったこと
そういうことが全部作用して
こういう事が楽しめるくらいに、段々変化してきてたんだと思う
俺「なんかその…ありがとうございました」
女の子「何がですか?」
俺「あの…輪に入れてくれて…」
俺は恥ずかしいのに耐えながら、お礼を言う
女の子「ああ。だって何か躊躇してましたから…」
俺「いえ、ありがとうございます」
女の子「そうでしたか」
そう言うと女の子は、珍しく笑ってくれた
今しかない。
俺「あの、ご近所さんですし…良かったら連絡先教えてくれませんか?」
女の子「いいですよ」
そう言うと、女の子はすぐに携帯を取り出してくれた
やった、これはやったぞ!と思ったのも束の間
女の子「でも忙しいんであまりメールとかしませんよ」
これは脈なしか…?と少し落ち込んだけど
何はともあれ連絡先はゲットできた
これは凄い進歩だぞ!と思った
俺「全然大丈夫ですよ。ありがとうございます」
そう言って意気揚々とアドレスを交換した
少し前までニートだった俺が、もの凄く進歩だ
仕事も始めて、外交的にもなってきた
自己満足かもしれないけど、そう思えるだけで凄く嬉しかったんだ
「カドワキ」という新しい名前が増えた
アドレス交換なんて、何年ぶりだったろうか。
丁寧に「さよなら」と言ってぺこっと頭を下げてカドワキさんは家に帰って行った
俺はなんだか久しぶりに胸がドキドキしちゃって、
宿の自分の部屋に帰ってから
ひたすら「よし!よし!」って言ってガッツポーズをしてた
馬鹿だったよなぁw
真面目に働いて、沢山お客さんの笑顔見て、それが楽しかった
そして、早くカドワキさんに会いたい
次会ったらどんな顔をするかな?どんな事を話すかな?
そればかりが頭を過るようになっていた
やっぱり、恋のパワーって半端ないね
毎日を全力で生きる原動力になっていたもの
夕刻にケンの散歩に行っても、一向に会えなかった
学校だろうか?忙しいのだろうか?
色んな考えが頭をよぎった
そして例の清掃からけっこう時間が空いた日だ
俺はその日は休みをもらって、一日好きに過ごしていた
夜になって蒸し暑くて、散歩ついでにコンビニ向かったんだ
街灯があまりなくて、夜になるとなかなか不気味な道なんだよな
そんな事考えてたら、前方から人が歩いてきて少し身構えた
こんな時間に一人で歩いてるって、けっこう怖い…
カドワキ「こんばんは」
俺「あ、こんばんは…」
思っていたのとは違う形でドッキリした
前から歩いてきたのは犬を連れたカドワキさんだった
俺「こんな時間に散歩なんて…部活とかだったんですか?」
俺がそう言うと、カドワキさんは苦い顔をして「え?」と言った
カドワキ「私働いてるんですが…」
俺「え?」
そう、高校生だというのは勝手な俺の勘違いだったんだ
正直、本当に驚いた
見た目はもの凄くあどけないから、高校生だって言われても全然分からない
俺「そうだったんですか…」
そういえば、この前の清掃の時にお互いの事をまったく聞いてなかった
俺はなんだか怖くなった
カドワキ「さっき仕事から帰ってきて…だからこんな時間で」
俺「ああ、大変ですね…」
カドワキ「そういえば、〇〇さんは何歳なんですか?」
俺はこの質問に「え?」とどもってしまってなかなか答えられえなかった
まずい、この流れはまずい…俺は凄く嫌な感じがした
少し前までの、恥ずかしい自分を必死に押し殺して隠してきた感情だ
カドワキ「24?若いから珍しいとは思ってたんですが…」
カドワキ「前は何かやってたんですか?」
来た。この質問だ。
この質問が怖いんだ よりによって自分が惹かれている異性に、この質問をされるなんて
自分が「今までニートしてたんです」ってことを。
言いたくない、そりゃそんなの誰だって言いたくない
でも俺は咄嗟に上手い言い逃れも思い浮かばず、
カドワキさんを信じて、全てを曝け出すことにしたんだ
どうせ、いつかは絶対にバレることだしね。
そんなの、ニートをやっていた奴の宿命だろう 悪いのは全部自分だ
カドワキ「はい?」
俺「ちょっとの間ニートだったんです」
俺がそう言うと、彼女は目を見開いた
カドワキ「ニートって?あのニートですか?」
俺「はい、そうです」
カドワキ「え、本当ですか?」
俺「ですよね」
彼女の表情がどんどんこわばっていく
カドワキ「信じられない…どうして?なんでそんな事したんですか?」
俺「それが…自分でも分からなくて…」
カドワキ「分からない?何ですかそれ?なにやってたか分かってるんですか?」
俺「ええ…」
彼女がどんどんヒートアップしていく
まずい流れだ
俺「いや、とてもいい所で…」
カドワキ「夢とか、やりたい事とか、ないんですか?」
俺「いや、特には…あることにはあったんですが…」
カドワキ「なんですかそれ?」
俺も、どんどん感情的になる彼女に押される一方だった
カドワキ「結局、ニートができるだけの環境と余裕があったからですよね?」
カドワキ「必死にならなくても、それができるだけの自由があったんですよね?」
普段からは到底考えらないくらい、彼女は感情を剥き出しにした
俺は、もう呆然として見つめているだけだった
カドワキ「どうしてそんな恵まれていて…そんな事したんですか?」
カドワキ「あり得ないです」
そう言って彼女は大きく息を吐いた
俺は、ただ黙るだけだった
カドワキ「私、ダメです。ごめんなさい」
そう言い残し、彼女は駆け足で俺の元から去って行った
「まあ、そりゃそうだよな」って自分に言い聞かせるように考えた
ニートなんてしてた自分が悪いのだから
でも、あそこまで感情的になるなんて思わなかった
それも、好きになっていた女の子に、あそこまで言われると思わなかった
ニートとかそういった類のものに、何か特別な想いがあるのだろうか
流石の俺も、この日のカドワキさんからの言葉は
かなり心に重くのしかかってしまった
明日あたりに終わらせると思います
見てくれてる人、ありがとうです。
あしたもできればたのみます
保守ありがとうです
続きいきますね。
あそこまで言われた事はもちろん、
好きになった人に嫌われてしまった事実が、どうしようもなく嫌だった
こんな歳になってせっかく恋に落ちて、こんな終わり方をするんだなって
一人虚しくなった
俺はこの時初めて、実感的に、自分がニートだったことを
心底後悔して恨んだ
馬鹿やってたなぁ、って
この時の俺は不思議と、全面的に自分がいけないんだって信じて疑わなかった
宿に戻ってから、玄関に置いてある灰皿の前でひたすら煙草を吸った
なんかもう、この世の終わりと感じるくらいに悲しかった
次の日から朝起きるのもひたすらしんどくなって
あと一歩でまたニート時代に戻る寸前だった
親父さんにも「元気ないけど大丈夫?」と心配されるくらいだった
そんな状態が本当に申し訳なくて、自分に嫌気が差した
あんなにも楽しかった宿の仕事の一つ一つが、
「なんで事してんだろう」に変わり始めて
「そろそろ辞めてしまおう」そんな思考になりかけていた頃だった
昼のヒマな時間、休憩してる時
滅多に鳴ることのない俺の携帯に着信があった
カドワキ「あの…」
その声は、聞いてすぐに普通じゃないと分かるくらいにしゃがれ声だった
俺「どうかしたんですか?」
カドワキ「助けてくれませんか」
俺「え?」
俺「どうしたんですか?大丈夫ですか?」
カドワキ「体調を壊して…」
俺は突然のことだったので動転した
カドワキ「動けないんです…今…」
俺「は、はい…」
カドワキ「凄く近所なので…何か食べるものを…」
俺「持っていけばいいんですね?」
俺「分かりました。てきとーに見繕ってすぐ行きますね?」
カドワキ「ごめんなさい…」
この時、様々な疑問が浮かんだ
何故俺なんだ?確かに至極近所ではあるが
他に頼る人は?親はいないのか?
しかしそんな事は気にせず、
とにかくすぐにカドワキさんの家へと向かうことにした
栄養ドリンクやバナナ、お粥のパックなんかを買って
すぐにカドワキさんの家へと向かった
自分が何をしていて、何故こんな状況になっているのか
よく分からなかったけど、必死になって走って
早く届けてあげよう、と思った
あんな事を言われた後だったのに、頼ってくれた嬉しさがあったんだ
なぜか、ドキドキしてる自分がいたんだよな
6月の終わりくらいでもう凄く熱くて、汗だくになった
カドワキさんの家の前に着くと、息が上がりきってクラクラした
「カドワキ豆腐店」と書かれた家の前は、シャッターが下りていた
豆腐屋だったのか、と一人で思って
急いで入れるドアを探す
回りこんで家の側面に入ると、玄関らしき扉があったので
インターホンを鳴らして「いますかー?」と必死に呼びかけた
マスクをして、目を真っ赤にしたカドワキさんが出てきた
俺「大丈夫ですか…?これ、買って来ましたよ」
カドワキ「ありがと…」
そう言ってだるそうにして差し出した袋を受け取る
本当に虚ろと言った感じなので、俺は心配になった
俺「いや、熱何度あるんですか…?」
俺「はい?そんなんじゃお粥なんか自分で作れないでしょう」
カドワキさんは「う~…」という返事ともとれない返事をしたので、俺は決心した
俺「嫌かもしれませんが、お粥くらい作ってきますよ?」
カドワキ「あ…え…」
俺「なんか食べないと本当に死んじゃいます」
カドワキ「う…」
一気に読んで すんなり追いついた
カドワキ「あー…」
俺「ちょっとだけ、入れてもらえますか?」
俺が意を決してそう言うと、
カドワキ「どうぞ…」
とだけ言ってフラフラと家の中に戻っていった
俺は「お邪魔します…」とだけ生真面目に言って、カドワキさんの家に入った
イメージとはまったく違った 何というか、年季が入っている
板張りの廊下は昼間なのに暗くて、なんだかひんやりしていた
もっと、小綺麗でおしゃれな感じにしてるかと思っていた
俺が居間に入ると、カドワキさんはその場に座り込んでしまった
カドワキ「ごめんなさい…」
俺「いいんです。すぐにお粥だけ作っちゃうんで、少しだけ待っててくださいね」
年季が入った家ではあったけど、いつも綺麗にしてるんだなってすぐ分かった
買ってきた栄養ドリンクやゼリーなどを冷蔵庫に入れていると
冷蔵庫に貼ってある一枚の写真に気付いた
あどけない少女と初老の男性が、ピアノの前で花束を持って笑っている
カドワキさんだろうか?そんな事を思ったけど
すぐに袋からお粥のパウチを取り出して、
今自分がやるべきことに専念することにした
沸騰するのを待ってる間、買ってきた冷えピタをカドワキさんに渡し
スポーツ飲料をコップに入れて居間のテーブルに置いた
カドワキさんは「ありがと…」と言いながらグッタリしていた
本当に朦朧としている様子
俺はありがとう、と言われることが何だか嬉しくて
こんな状況ながら、少しだけときめいていたんだ
俺「お粥できました。卵は無理だろうから、普通のやつです」
俺「海苔とか、塩とかで味つけましょうね」
カドワキ「ありがと…」
俺「いえいえ」
そう言って、居間のテーブルにお粥と、塩を並べた
そして、しばらくぼーっと出来上がったお粥を眺めているカドワキさん
カドワキ「うん…」
俺「まいったな…少し、頑張ってみましょう」
そう言って俺もゆっくり待つことにした
居間を見回していると、わきにピアノがあるのに気付いた
さっきの写真は、やっぱりカドワキさんだったのか…
気づけば、そのピアノの上に幾つかの盾やトロフィーも並んでいた
「カドワキさんピアノ弾くんですかー?」なんて話しかけることもできず
自分の中で納得しただけだった
趣味でピアノ弾くのかな…なんて一人で思っていたら
カドワキ「だめ…だめだ…」
と話しかけてきた
俺「え、やっぱり無理ですか?」
カドワキ「食べる…どころじゃない…」
俺「少しも無理ですか?」
カドワキ「ん…」
そして喋るのすら辛そうになってきている
俺「分かりました。カドワキさん、外に車ありましたね?」
カドワキ「え…はぁ…」
俺「病院行きましょう」
俺「いやいや、悩んでる暇ないです。」
俺「大丈夫です、安全運転で連れてってあげますw」
そう言うと、カドワキさんの顔が少しだけほころんで、
「わかった…」とだけ俺に言った
俺「財布はどっちでもいいですけど、保険証だけは持ってくださいね」
カドワキ「うん…」
もうフラフラだったので、俺が肩を貸して外に出て、車に乗せた
ただ、助手席で今にも崩れ落ちそうなカドワキさんを乗せていたので
そんな事は言い出せなかった
幸い、一度こっちに来てから消化不良で内科に行ったことがあったので
病院の場所だけは頭に入っていたんだ
カドワキさんを安心させたかったので、
「すぐに着きますよ」とか言いながら車を発進させた
すると、熱に浮かされたのか、カドワキさんが喋り出した
カドワキ「良かった…」
俺「はい?」
カドワキ「ありがとう…」
シートを倒して背もたれに倒れかかっているカドワキさんが
必死になって喋っていた
俺「無理して喋らなくていいんですよ」
俺「はい…」
熱気が溜まって蒸し暑い車内で、カドワキさんは必死に喋る
カドワキ「頭のこれ…が」
俺「ええ」
カドワキ「ひんやりしてて…気持ちいい」
俺「ああ、冷えピタですね。買ってきて良かったw」
俺「はいはい」
カドワキ「よく…お父さんがね…」
俺「ええ」
カドワキ「氷枕を…作ってくれて…」
俺「氷枕ですか。」
カドワキ「すごく…嬉しくて…」
俺「へえ、そうなんですかw」
俺「はい。」
カドワキ「思い出しちゃった…」
俺はその言葉に、何も言い返せなかった
信号に止まって横を見ると、ぐったりして椅子に寝ているカドワキさんがいる
カドワキ「本当はすごく…不安で…」
俺「はい」
カドワキ「嬉しい…よ」
カドワキさんは、そんな俺の言葉も意に介さず続けた
カドワキ「誰かと一緒だと…」
カドワキ「こんなに嬉しいんだね…」
俺はその言葉に胸がきゅんとしたが、何も言えず
そして、カドワキさんもそれだけ言うと
疲れてしまったのか、まったく喋らなくなった
カドワキさんのお父さんはどんな人なんだろう?
さっきの写真の人?それにしても何故食べ物くらい買ってこないのか?
今はお父さんは家にいないのか?
いろんな考えが頭を渦巻いた
そして小十分車を走らせると、病院に着いた
ドアを開けて「さ、行ける?もう大丈夫ですよ」と言ってカドワキさんの手を取る
カドワキさんはもう限界のようで
無言のまま俺に手を取られ、病院に入った
しばらく何も食べてないと伝えると、点滴を打つことになったので
俺はベッドで朦朧としてるカドワキさんに
「これでもうバッチリですね。」と話しかけた
するとカドワキさんは寝たままこちらを見上げて、口元だけで笑ってみせた
それを見て、これならもう安心だな、と気が抜けた
点滴が終わるまで駐車場に戻って煙草を吸う事にした
相変わらずフラフラな状態は変わらなかったので
病院のお金と薬代は、俺が立て替えた
俺が腕を引いて、カドワキさんを車まで連れて行く
俺「点滴もしたし、これでひとまずは安心です」
するとカドワキさんは笑顔になって
「ありがとう」とだけ言った
俺も、負担にならないようにゆっくり運転して、黙って帰った
家に着いて、カドワキさんを部屋まで連れて行く
カドワキさんはやはりよっぽど辛いのか、着替えることもなくベッドに倒れ込んだ
俺「もらった薬はここに置いておきます」
カドワキ「うん…」
俺「ゼリーとかバナナがあります。夜になったら食べて、ちゃんと薬飲んでくださいね?」
カドワキ「うん…」
カドワキ「うん…」
俺もすっかり安心して、帰ろうとする
俺「もう大丈夫です。何かあったら、電話してください」
そう言って部屋から出て行こうとした
カドワキ「あ…」
カドワキさんが不意に俺を呼び止めた
カドワキ「まだ…その…」
とてもか細い声で話しかけてくる
カドワキ「氷…枕…」
俺「え?でも…そんな作り方とか知らないですし…」
カドワキ「や…やだ…」
正直驚いた 普段強気なカドワキさんが
こんな風に駄々をこねてわがままを言うなんて、想像がつかなかった
俺「は…はあ…」
それを無視することもできず
俺は言われるまま、台所下の収納を探す
すると、グレーのゴムで出来た枕?が見つかる
これに氷水を入れればいいんだな、と分かり
急いで水道水と冷凍庫の氷を突っ込んで、氷枕をこしらえた。
台所にあったタオルを巻いて、俺特製氷枕の完成だ
それを急いでカドワキさんの待つ部屋に持っていく
部屋に戻ると、カドワキさんはもうグッスリ眠っていた
そのまま起こさないようにゆっくり頭を持ち上げて
枕を氷枕に入れ替える
少し揺らしてしまったが、一向に起きる気配はなかったw
より一層心地よく眠っているように見えたので
俺は嬉しくなって、一人で「良かったね」と呟いてしまった
そのまま「薬はここに置いときます。ちゃんと食べて飲んでね。」
というメモだけ残し、俺はカドワキさんの家を後にした
できる事なら、もう少し寝顔を眺めていたかったけど
俺が宿を出てから、実に2時間以上が経っていた
いくら暇な時間帯とは言え、無断の長時間外出は許されない
そのことを、宿に戻ってから気付いたのだ
玄関から入ると、番台に親父さんが立っていた
親父さん「おかえり。どこに行ってたの?」
俺「すいません…全然連絡もなしに外に出て行ってしまって…」
親父さん「さすがに困るよ。最近、おかしいんじゃないのかい?」
親父さん「仕事なんだから…許されないよ、こんな事」
俺「本当に、すいません…」
もうだめだと思った
カドワキさんとのひとときの時間の代償に
俺は今日で終わりなんだなぁって思いもした
それだけ、無責任な事をしたんだって、自覚してたんだ
俺「はい…?」
親父さん「ワケがあるんでしょう。君が理由もなくそんな事しないって知ってるから。」
親父さん「話してよ。」
親父さんは、厳しい表情をしながらも、俺の事を見つめて
俺の言い分を聞こうとしてくれた
それで、俺は勇気を持って話そうと決心した
俺はいたたまれなくなって、全てを投げ打って助けに行ってしまったこと
普通の大人なら、到底聞き流して「理由」とも捉えてくれない事を
俺は一生懸命に親父さんに伝えた
すると、親父さんも玄関の方に出てきて、煙草を吸い始めた
親父さん「なるほどね…」
親父さんは固い表情を保ちながらも、俺に「〇〇君も吸えば?」
と優しく促してきた
親父さんは厳しい表情のまま、淡々と話を続けた
親父さん「なるほどね…でも、ダメだろ?仕事なんだから」
俺「そうですよね…」
親父さん「でもさ」
俺「え?」
親父さん「誰かの力になりたい気持ちは止められない。」
俺「え…?」
親父さんは粛々と語り続けた
親父さん「そうだろ?」
俺「はい、そうです…」
親父さん「〇〇君は、カドワキさんの事が大好きだ、だろ?」
俺は突然の指摘に思わず吹き出しそうになった
でも、それは間違いなく本当の事だったんだ
俺「大好きです」
俺が親父さんの方を見て真剣にそう言うと、親父さんは大声で笑い出した
親父さん「やっぱりかw」
親父さん「でも、次はないからね」
そう言うと、親父さんは俺の肩を叩いて「恋する少年!」
と言って笑ってみせた
その瞬間、俺の中で鬱屈として、刻々と溜まっていた何かが一気にはじけて
俺はどうかしたのか、本当に何故か分からないが、
その場で涙を流して泣いてしまった
その光景は、はっきり言って相当痛いものだったろうな
でも、俺はそんな温かい言葉をかけられてしまって、本当に崩れてしまった
ちょっとでも、こんな仕事辞めてやる、と思っていた自分が情けなくて
もう、本当に言葉にできない感情だった
俺が泣いているのを見て、親父さんは笑うのを辞めて
「なんか辛かったみたいだな」と優しく頭を叩いた
親父さんはそんな中でもまったく動揺しなかった
親父さん「溢れる涙も青春だな」
俺はボロボロ泣いてしまって、上手く返答ができない
親父さん「歳の割に◯◯君は本当に子どもだね。子どもだよ」
親父さん「でも大丈夫さ」
親父さん「それでいて凄くひたむきだから。」
「ひたむきだ」
そんな事を言われたのは人生で初めてで、俺は今でも忘れない
この時の親父さんの言葉があったから、今の俺もあるんだと思う
こんなクズの俺の事を、そんな風に思ってくれる親父さんに出会えたことは
本当に、俺の人生という人生を大きく変えてくれた
続きはまた明日書きます
見てくれてる人ありがとう
なんだかんだ言ってもう佳境なので…
終わりまで末長く待ってます
最初から見てます
最後まで応援してます
お久しぶりです
遅くてごめんなさい
続きを書いていきますね
俺はまたやる気というか、エネルギー?みたいなものを取り戻して
一生懸命働くようになっていた
でもあれから、カドワキさんから特に連絡がなくて
もういいんですか?みたいなメールを打っても返信がなくて
俺はけっこう心配していた
かと言って連絡もないし
休んだ分仕事も忙しいのだろうか?なんて考えてた
そろそろ流石に治ったろうな…と思っていた頃
宿の仕事が一通り終わって一息つく時間帯
確か夜の9時か10時くらいだったと思う
部屋でゆっくりしてたら呼ばれたんだ
そう言ってニコニコしながら親父さんが来た
俺にお客さん?と思ったけど、言われるまま玄関に行った
カドワキ「こんばんは…」
俺「あっ…」
カドワキ「こんな時間に、ごめんなさい」
俺「あ、いえ…」
俺「いやいや…もう、いいんですか?」
カドワキ「ええ、すっかり」
そう言うと、笑って小さくガッツポーズしてみせた
俺「そっか、よかったです本当に…」
カドワキ「あの…お金なんですけど…」
俺「ああ、それなら別にいいですよ」
相変わらず、トゲのある言い方をしてくるw
でもそれ聞いてすっかり元気になったんだなって思えた
彼女は真剣に「診察台と薬代で…」と言いながら
小さなお財布から、お金を取り出して渡してくれた
俺「なんだかわざわざすいませんw」
カドワキ「いえいえ、こっちですから…」
カドワキ「助かりました…ありがとうございました」
よっぽど悪いと思っていたのか、何度も何度もお礼を言ってくる
俺「いえいえ、本当に気にしないでください」
俺もひたすらそう返すしかなかった
俺「じゃ、お金も確かにもらったので…いいですかね…?」
カドワキ「あ、その…ちょっと待って下さい」
俺「え?」
あのカドワキさんが、俺を呼び止めている
好きな人が呼んでいる!ドキッとしちゃったよw
カドワキ「その辺を…ぷらぷらと…」
気恥ずかしそうに、そう呼び止めてきた
俺「え、え、いいですけど…いいんですか?」
マジで焦って変な喋り方になってたかもしれない
俺「あ、いえいえ、少し外の風浴びるのもいいんじゃないですか…w」
カドワキ「じゃあ…」
と言って、2人して玄関から出た
俺が玄関から出て行く瞬間、
番台の奥から親父さんが出てきて
ニコニコしながら俺のことを見ていた
たまたま玄関にあった下駄を履いてきてしまった
歩く度に、「カラン、カラン」と音が鳴った
その音が妙に響いて、歩きづらかったw
俺「うわー、なんだこれw変なの履いて来ちゃったなー」
カドワキ「え、いいじゃないですか」
俺「えーw本当ですかー?w」
カドワキ「どうですかね?w」
なんて感じに笑いのタネになってくれたから、良かった
しばらく2人で、街灯もまばらな夜の道を歩いた
どこからともなく虫の音だけが聞こえた
家の中は暑いけど、外は本当に涼しげだった
俺は気になっていた事を唐突に質問した
カドワキさんは一瞬「なんでそれを」みたいな表情をしたけど
すぐに納得して話し始めた
カドワキ「ああ…弾くというか…弾いてた、が正しいですかね」
俺「え、今は弾かないんですか…?」
カドワキ「いや、今も好きなんです…けどなんというか、弾く時間が…」
カドワキ「ええ、今日もさっき帰ってきたので…」
凄く寂しそうな顔になってしまっていた
俺「でも、トロフィーとかあったし、やっぱり上手なんですよね?」
カドワキ「ああ、あれは…」
俺「なんかそういう道を目指そうとか、考えなかったんですか?」
すると、カドワキさんはしばらく黙ってしまった
そう言って寂しそうに笑ってみせた
俺は、「じゃあなんで…」と言いかけてやめた
きっと何か理由があったんだろう
俺「俺、カドワキさんのピアノ聞きたいです」
そして思わず、こんな事を言ってしまった
カドワキ「え……」
こんな顔が見れるなんて、って少しドキッとしたよ
カドワキ「本当ですか…?」
俺「ええ、すごく聴いてみたいです」
するとカドワキさんは、履いていたレギンスのポケットから鍵を取り出した
銀の輪に、鍵がいくつもついていた
カドワキ「いいからいいから」
そう言うと、カドワキさんは少し早足で、俺の前を歩き出した
普段は割と冷めてる事が多いカドワキさんが、やけに楽しそうになった
そしてしばらく歩いて、小さな家のような、施設のような建物が見えた
カドワキ「ここです…」
俺はワケが分からなくて、「はい?」と間抜けな返答しかできなかった
俺「あ、なるほど…でもなんでここに?」
そう言うと、カドワキさんはニコッと笑った
カドワキ「ピアノがあるんです」
俺「なるほど…」
俺が一人で納得してると、カドワキさんは先に行って
「こっちですよ」と手を振って呼んだ
俺「でもなんで鍵を…?」
カドワキ「ああ…お父さんが町内会の役員?なんで…」
俺はなんでそれをカドワキさんが持ってるんだろうってさらに不思議に感じたけど
それ以上は突っ込まないことにした
カドワキ「すごくちっちゃくて、一階建ての大広間と休憩室しかないんですw」
確かにそうで、中に入ると板張りの広間しかなかった
カドワキ「そうですかねw」
中が予想以上に蒸し暑かったので、二人して窓を開けていく
「虫が入ってきそうですね~」「ありますあります」なんて言いながら
そして、広間の隅っこにピアノが一台置いてあった
その場に置いてあったはたきでパタパタとしながら
カドワキ「久しぶりだなー」
とカドワキさんはピアノを開けた
「よし」と言って椅子に座って、腕まくりをした
そして俺の方を向いて、「どんなのがいいですか?」と聞いてきた
俺はその顔があまりに明るくて、瞬間ドキっとして
「一番思い入れのある曲を…」と言った
カドワキ「そうですか…実は」
カドワキ「確か小学生の時…地区の行事で」
俺「あ、そうなんですか」
カドワキ「だから今日も…なんとなく緊張します」
そう言って、ピアノの前ではにかんだ
その姿が印象的で、すっごく惹かれてしまった
カドワキ「じゃあ、その時に弾いた曲、いきますね」
彼女はすぐに真剣な顔つきになって、ピアノの上に手を置いた
目の前で、優しくて静かな旋律が流れ始めた
生まれて初めて、誰かに自分のためだけに演奏してもらって
なんとも言えない、とても不思議な気分だった
大学時代、一瞬バンドにいたからキーボードは知っていたが、
クラシックのピアノは、また全然違った
殺風景な広間の中が、ピアノの旋律で満たされてく感じがした
時折、弾いてる最中に彼女が笑顔をこぼすので
俺もそれに合わせて笑って頷いた
すごく、楽しそうに、本当に楽しそうにピアノを弾くんだ
月並な感想だけど、本当に感動したんだ
目の前でピアノが演奏されて、本当に心を打たれたんだよ
「すごい!!よかったー!」と声を上げた
カドワキさんは照れくさそうに「ありがとう」と笑ってくれた
本当に印象的なメロディーと優しい曲調だった
俺「今のは、何ていう曲なの?」
カドワキ「渚のアデリーヌっていう曲です」
俺「へえ…いい曲だったなぁ」
カドワキ「簡単な曲ですよwもちろん小学生にも弾ける…」
俺「いえいえ、すごく良かった!」
カドワキさんは、なんて魅力的な人なんだろうって思った
俺「いいなあ…ピアノが弾けるってすごいなぁ…」
そう言って感心しきりだった
カドワキ「ちょっと調律がずれてますね…w」
そう言ってカドワキさんも嬉しそうにしていた
俺がよっぽど期待の眼差しを向けていたのか、
カドワキ「他にも何か弾きますか?w」
と言ってくれた
そう言うと、カドワキさんは笑って頷いてくれた
カドワキ「じゃあ、私が一番好きな曲を…」
そう言って、またあの真剣な顔つきになってピアノに手を伸ばした
弾き始めた途端、鳥肌が立った
綺麗だし…聞いたことがあった
どこでかは分からないが、聞いたことのある曲だった
段々、段々と物語のピークに向かって曲がうねって行く感じ
そして、物語は情熱のピークに達して、俺はそこで完全に持っていかれた
「すごい」とか「きれい」とかじゃなく、文字通りもう言葉では表現できない感覚
ずっと自分の殻に篭もって引きこもって過ごしていた俺
この世は馬鹿ばかりで、誰も俺のことを分かってくれないとか思っていた
そしてそんな俺はもっとクズで、この世は心底終わっていると思っていたこと
こんなにも美しい世界は、ちゃんとあるんだなぁ…
カドワキさんの奏でるピアノを聴いて、そんな事を思ってしまったんだ
曲が終わると、俺は涙目になって笑いながら
「だめだ…本当に良かった。上手く言えない」
って言いながら必死に拍手した
俺「良かったよ!マジで良かった!」
俺はカドワキさんに向かって何度も何度も言った
カドワキ「ありがとうございます」
そう言って俺の方を見て笑ってくれた
カドワキ「これは、リストの愛の夢って曲です」
俺「そういう曲なんだ…聞いたことあったよ…」
カドワキ「有名な曲ですよね」
カドワキ「久しぶりに誰かに聞いてもらえて、凄く嬉しかったです」
カドワキさんは、満面の笑顔で俺に向かってそう言った
俺「いえいえ…こんな機会滅多にないから…素敵だった」
そう言うと、カドワキさんはまたニコニコして、
「そろそろ行きましょうか」と言って席を立った
広間の窓を閉めて、電気を消して、
公民館の玄関に鍵をかけて、外に出た
外に出ても、あの綺麗な旋律の余韻がまだまだ残っていた
俺「とっても贅沢な演奏会だったよ」
カドワキ「そうでしたかw」
なんだか、とても幸せな時間が流れているように感じた
俺「あの場所は、絶好の演奏スポットだねw」
カドワキ「ほんとですねw」
俺「よく使うの?」
カドワキ「たまに…ですね」
カドワキ「昔はよく、お父さんと行ったりしてました」
俺がそう言うと、カドワキさんは振り返って「はい?」と言った
俺「こんな時間まで外にいて…お父さんに何も言われない?大丈夫?」
カドワキ「ああ…大丈夫というか…」
カドワキ「お父さんは…もういないんで」
俺「え?」
カドワキさんはそう言うと、上を見上げた
俺「あ…ご、ごめん…」
カドワキ「いえ、全然大丈夫です」
カドワキ「このどこかに、多分いるでしょうから…」
そう言って、カドワキさん夜空を指さした
その日は雨続きの毎日には珍しく晴れた日で
空には満天の星が光っていた
カドワキ「少しだけ、少しだけ思い出しちゃいました」
カドワキさんは静かに話し始めた
カドワキ「愛の夢は…あの場所でお父さんに聞かせた事があって…」
カドワキ「今日の〇〇さんみたいに喜んでました」
俺も、だまってうんうん、と頷く
そう話しながら、カドワキさんは次第に涙を流し始めた
カドワキ「お父さんは、ピアノを弾く私をいつも応援してくれてました…」
カドワキ「だから、私はずっと頑張ってこれた…」
カドワキ「いつだって客席で、お父さんが笑顔で見ていてくれたから…」
泣きながら必死に、でも確かに、カドワキさんは話す
俺も、もらい泣きで泣きそうになるのを必死にこらえた
カドワキ「だから、ピアノを弾いてお父さんの笑顔が見れるのが、嬉しかったんです」
泣きじゃくるカドワキさんに、俺はうんうん、と真剣に答えた
カドワキ「私は、音楽の先生になるのが夢でした」
カドワキ「大好きなピアノとずっと一緒で、生きて行きたいと思って…」
カドワキ「でも…でも…」
俺「でも…?」
カドワキ「うちは…元々…そんなに裕福じゃないからぁ…」
彼女はさらに息を大きく上げて泣き始めた
カドワキ「大学への進学を諦めて、働くことにしたんです」
カドワキ「それで、少しでもお父さんの支えになろうって決めたんです…」
カドワキ「そしたら、お父さんは最後まで「俺のせいで夢が叶わなくてごめんな」なんて言うんです…!」
カドワキ「私が自分で決めたことなのに…なのに…」
カドワキ「私は、ピアノが好きでした。音楽の先生になるのも夢でした」
カドワキ「でも、お父さんがいなくなってから、それに何の意味があったんだろうって、凄く悩んでました」
カドワキ「だから、ピアノもあまり弾かなくなってました。どうせもう、誰も聴いてくれないから」
彼女はグスグス言いながら、必死にしゃべり続けた
カドワキ「正直、羨ましかったんです。だからあんな事言っちゃって…」
俺「いえいえ、全然いいんですよ…」
俺「むしろ、こっちこそ申し訳ない…」
そう言うと、カドワキさんの涙でグシャグシャの顔が少しだけ笑顔になった
カドワキ「〇〇さんに会えて、良かったです…」
俺「え、どうしてですか?」
俺「ああ…」
カドワキ「この前もあんなに面倒見てもらって…」
カドワキ「正直、すごく嬉しかったんです」
俺「いやいやそんな…」
カドワキ「これからも、私弾きますから。また、聴いてくれますか?」
そう言って、俺の方を見つめてきた
俺「うん、是非。今日のコンサートも凄く素敵だったよ」
そう言うと、「コンサートってw」って笑ってくれた
玄関に向かう俺の前で、彼女はこっちを向いて小さく手を振った
カドワキ「夢の続きが見つかりました」
そう言って、少しだけ首を傾けて笑ってくれた
俺もそれを見て、「お伴するよ」と言って手を振った
この日、俺とカドワキさんの仲の何かが、劇的に変化した
それも、とてもいい方へ
次の日起きるとカドワキさんから「昨日はありがとう」というメールがあって
夢じゃなかったんだって再認識した
これから、俺の日々の体感速度が格段にスピードアップした
あっという間に7月になって、宿での仕事に懸命に向かった
たまに、暇な時間を見つけて夜にカドワキさんと一緒に散歩したりするのが嬉しくて
とても純粋に、一生懸命に、俺は自分の想いを燃やしていったんだ
俺と同世代くらいの女性と、声を張り上げて言い合いをしていたんだ
親父さん「お前、いい加減にしろよ!」
女性「うっせーんだよ!だからこんなとこ戻って来たくねえんだよ!」
俺は、それが親父さんの娘さんであることにすぐ気付いた
そう言うと、食堂の入口で棒立ちしていた俺には目もくれず、女性は飛び出していった
親父さん「ああ…恥ずかしいとこを見られちゃったな」
親父さんは俺に気付いて、苦々しく笑ってみせた
親父さん「参ったもんだ、言っても全然分かってくれなくてね…」
そう言って、親父さんはそそくさと奥に引っ込んでいってしまった
とりあえず煙草を吸いたいな、と思い
玄関にある灰皿の場所へと向かった
引き戸を開けると、そこには先程の女性がしゃがみこんで煙草をふかしていた
俺「あ…どうも…」
女性「え?アンタ誰?お客さん…ですか」
娘さん「あー、パートさんか」
俺「ま…そんなとこです」
娘さん「さっきの見てたの?」
俺「ええ…まあ…」
そう言いつつ、俺も煙草に火をつける
こういう初対面の人と話す時、煙草は便利だ
火を点けて吸ってしまえば、ある種の気まずさや壁がなくなる
俺「何がですか?」
娘「え?私がずっとフラフラしてるからだよ」
フーっと煙を吐きながら話し続ける
俺「フラフラ?」
娘「高校出てからだから…4年くらい?ずっとフリーター。んで今は彼氏んとこいんの」
俺「ああ、俺もニートでしたよw」
ある種、もう過去の自分に決別し始めていたんだと思う
娘「ニート?マジでw超ウケるなそれw」
俺「まあ、そうですよねw」
娘「本当さは…分かってんだよ…やばいってこと」
娘「でもどうしたらいいかなんて、わかんねーし…」
明るい茶髪に派手なメイクという容姿をした娘さんが、急に静かになった
そう言って俺も煙を吐く
そこに、女将さんがやってきた
女将さん「あらあら、賑やかなのね」
娘「お母さん…」
女将さん「帰ってくるなら、連絡くらいしなさいよ」
娘「ごめん…でもさ…」
俺は黙って煙草を吸って様子を見ていた
娘「ごめん、今日は帰るね」
そう言って、娘さんは吸いかけの煙草を灰皿に投げ捨て、
そそくさとその場から去って行った
女将さん「あの子はあの子なりに、分かってはいると思うんだけど…」
そういう女将さんの顔がとても切なかった
俺も、親にこんな想いをさせていたんだろうか
話しにくいが、娘さんのことを親父さんに聞きたかった
ビールの入ったグラスを乾杯して、俺が切り出す
俺「娘さん…いらっしゃったんですね」
親父さん「ああ…上の兄貴はいいんだがね、あの子は本当に…」
俺「それなんですが」
俺「焦らなくていいと思います、本当に」
親父さんは、「ほう」と言って俺に顔を向けた
俺「僕より年下じゃないですか。分かるんです。この時期って、本当に色々考えるんです」
俺「悩んで…でも何もできなくて。だからその差にイライラするんです」
親父さんはふんふん、と頷いて俺の話を聞いていた
俺「だから僕もちょっと前までは引きこもって…」
俺「でもきっかけなんて、分からないじゃないですか。」
俺「僕は、変わりましたし、これからももっと変わりたいって思ってます」
親父さん「なるほどな…」
俺「無責任な事は言えませんが、必ず分かり合える日が来るというか…」
親父さん「そんな日が、来るといいね…分かってはいるんだ…」
親父さんは遠い目になって、噛み締めるようにそうつぶやいた
世の中、万事順調になんていかないもんだな
みんな、誰だって何かしら悩んでいて、上手くいかないことがあって
でも、いつかは…明日こそは…って考えてるんだ
俺は宿でのこの一件を見て、そう思ったんだ
自分だけが悩んでるんだと思い続けてきた俺
でもこの宿に来て働いて、色んな人に会って、色んな事を経験して、
世の中は本当に酸いも甘いもあると痛感した
一件楽しそうにしてる大学生の団体客も揉め事で喧嘩したり、
一人で暗い顔をして宿泊する女性がいたり
この仕事をしてから、本当に色んな人がいて、色んな事があるんだと体感したんだ
宿で働きながらも、このままずっとここにいるわけにもいかないよな…
と一抹の不安を感じ始めていた頃
宿に、変わったお客さんがやって来る
なんでも、昔からの親父さんの友人の方だそうで
その日は、親父さんは朝からはりきっていたんだ
親父さん「〇〇君、一緒に飲まないかい。面白い人が来てるよ」
俺「え、はい」
俺が食堂へ行くと、シャツにジーンズというラフな格好をしたおじさんがいた
おじさん「はじめまして」
俺「あ、はじめまして…」
親父さん「〇〇君、ガーデンイシダって知ってる?」
親父さん「そこの社長さんだ」
俺「ええ!!」
俺は心底驚いた
生まれて初めて社長というものを間近で見た…
よく見ると、本当に普通の気のよさそうなおじさんだった
「いつもあの花屋さんで花を買っていて…」「花はいいですよね」
実は俺、親の影響で本当に少しだけ華道をやったことがあって
花の知識には普通の人より若干精通していた
そのおかげもあってか、歳のいったおじさん2人と俺という構図でも
だいぶ話は盛り上がった
俺は、自分の歩いてきた道を、忌憚なくそのイシダさんに話した
自分が就活で失敗したこと、公務員試験も落ちたこと
腐ってしまって、引きこもり生活をしていたこと
決心して、変わりたいという一心でこの宿にお世話になっていること
その度に、親父さんも「そうなんだよ」とか「頑張ってるんだよ」と付け足す
親父さん…
今までだったらはばかられたことも、イシダさんにどんどん伝える
俺「今は、ここで働くのも楽しくて、毎日大変ですけど、お客さんの笑顔も見れて…」
イシダさん「いいねえ。その若さでここで働いたのは、いい経験だよね」
親父さん「そうなんだよw歳のくせに、ひたむきで可愛い奴なんだよw」
そんな感じで、俺が話の主役となって酒の席の会話に花が咲く
今までの人生で、誰かにここまで語ってもらう事があっただろうか?
親父さんは、それを聞いてニヤッとした
俺「ありがたいんですけど、いつまでもここにお世話になってるワケにいかないというのも、分かっていて…」
親父さんも黙って頷く
イシダさん「いや、君見込みあるよ。うちの若いのよりずっと素直だし」
イシダさん「なんなら、全然ウチにおいでよ」
俺「え?」
イシダさん「嘘は言わないよww」
親父さんもビックリして目を見開いていた
イシダさん「〇〇(親父さんの事)が、ここまで可愛がるなんて、絶対魅力があるんだろうよ」
イシダさん「連絡先教えなよ、社員でおいで」
俺「え、え…?」
俺「とても嬉しいですが…え、いいんですか?」
俺は親父さんの方を見る
イシダさん「あ、可愛い従業員を連れてったらダメかー?w」
イシダさんは笑って親父さんの方を見た
親父さん「巣立ちの時かな…」と泣くフリをしてみせた
それがおかしくて、3人で声を上げて笑ってしまった
それは、未だにわからないことだ
でも、親父さんはいつも俺をパートのような環境で働かせて
給料が少ない事を、申し訳ないねって気にしてたんだ
もし、親父さんが作ってくれた機会なのだとしたら、
俺は親父さんに感謝してもしきれない
俺は9月からなんと花屋で社員として働くことになったんだ
意外だった 本当に
人生、何が起こるかなんて、本当に分からないな
でも俺は宿での暮らし、仕事を気に入っていたから
8月一杯までは働くことにしたんだ
夏休みは、なんと言っても繁忙期だしね
別れの時が差し迫ると、途端に寂しくなって
宿での日課、仕事の一つ一つが、とても名残惜しく思えた
朝早く起きると、空気が澄んでいて朝顔が咲き誇る庭も、
山の至るところから騒ぎ出す蝉も、夜遅く一人で入る大浴場も…
全部が懐かしく思えた
相変わらず、カドワキさんともメールをしていて
花屋に行くことは、字面で伝えてあった
でも、俺はどうしても直接会って伝えたくて、
その時を今か今かと待っていたんだ
よく考えるとカドワキさんとも離れてしまうことになるんだから
ちゃんと伝えたかったんだ
「よ、ケン、いこーぜ」
と言って犬小屋でグッタリしているケンを呼び出す
呼びかけると、尻尾を振って出てくるのが可愛い
来たばかりの頃に比べれば、ケンもだいぶ懐いてくれた…
そういえば、初めてカドワキさんと会った時も、
ケンがいてくれたからだっけ…なんて思い返していた
この数ヶ月の間に、怒涛のように色々な事あったんだ
カドワキさんだった
俺はウキウキして、電話に出る
カドワキ「もしもし」
俺「お疲れ様。どうしたの?」
カドワキ「私今日、珍しく午後休だったんです」
俺「おお、やったね」
カドワキ「高架橋の河原、分かります?」
俺「え?何のことですか?」
カドワキ「知りませんか」
俺「ああ、あるある」
カドワキ「その川に沿って下って来てくれれば、途中で電車の架橋があるんで」
俺「うん」
カドワキ「今時間ありますか?」
俺「うん、ケンの散歩してたし」
カドワキ「よかった。じゃ、待ってます」
俺「え?」
そう言って、電話は切れてしまった
相変わらずな人だw
川が景気の良い音を立てて、流れている
それに蝉の声が混ざって、なんとも夏らしさ満点だ
暑さもあったが、もう夕方ということもあって日差しはそれほどじゃなかった
あたりもすっかりオレンジ色だったし
俺は一人でケンに話しかけるように、
「カドワキさんはなんだろうな~?」
とかつぶやきながら歩いていた
そこを使って河原へと降りた
砂利と呼ぶにはかなり大きい石が並ぶ道を進んでいった
すぐ横を水が流れていてさ
こういう所って夕立とかきたらあぶないんだろうな~とか余計な事を考えてた
そんな事を考えてると、前に大きな高架橋が見えてきた
間違いなく、俺が来た時に乗っていた電車が通る橋だ
こんなものあったんだな~って感心した
カドワキ「早く早く!こっちに来てくださーい!」
俺「ど、どうしたの…?」
カドワキ「突然呼び出してごめんなさい…」
カドワキ「でも、見てもらいたいものがあって」
そう言うと、カドワキさんはしばらく黙った
俺はなんだろうと思いつつ、その高架橋を眺めていた
シャラシャラシャラ…という静かな川の音だけが響いた
カドワキさんは、「来た!」と言って顔を明るくした
すると高架橋の右方向から電車が現れて
川の上を突っ切るように走っていく
夕方の時刻も相まって、橙色の逆光に車両が溶けていくようだった
夕日に溶けていった3両編成の電車はそのまま、橋の彼方へと消えた
すると、また元の川の水流の音だけになって
辺りは静けさを取り戻した
印象的で、叙情的で、忘れられない
横にいたカドワキさんは俺の前に立った
珍しく、少しはしゃいでした
カドワキ「あれに乗って、来たんですよね?」
カドワキ「もう行っちゃうなら、最後に見せたかったんです…」
そう言って、カドワキさんは俺の前で恥ずかそうに笑ってみせた
彼女もまた、逆光を背負って溶けてしまいそうだった
「ありがとう」と言って、カドワキさんを軽く抱きしめた
凄くか細くて、今までよく一人で頑張ってこれたな…って思った
カドワキさんは俺の耳元で
「寂しいですね」と小声で言った
俺はまだそれに応えられなかった
寂しくても、未来に踏み出すために、俺はここから出て行くんだから
微妙な距離感を保ったまま、帰り道を歩いた
「そろそろ離れる時が来る」
もちろんそれが今生の別れじゃないくらい分かっていたけど
何とも不思議な感じだったんだ
今までのようには、もう会えない
でもそれは、俺のため…
あっという間に過ぎ去って行った
とうとう、愛すべき宿とも、別れの日がやってきたんだ
少ししかいなかったし、部屋にほとんど荷物の無かった俺は
段ボール4つ程度しか荷物が無く、全て宅急便で発送
その他の小さいものは、全てリュックに押し込んで背負った
なんとも、身軽な引越しだ
親父さんと毎晩のように晩酌した食堂、いつも煙草を吸った玄関の灰皿
自然がいっぱいなこの街が俺は好きで、ここに住む人達も大好きで…
第二の故郷になったことは間違いない
全力で生きたこの数ヶ月間、まったく数ヶ月という気がしない
半泣き状態だった
親父さんも女将さんも、目に涙を浮かべていた
親父さん「本当に楽しかったよ。新しい息子が出来たような気分だった。」
親父さん「何か辛いことがあったら、またいつでもおいで」
女将さん「また遊びにおいでね。待ってるから」
俺は泣くのをこらえるのに必死だった
俺の人生は、まだまだ始まったばかり
これからまだまだ、沢山の人に出会い、沢山の事を経験するだろう
だからこそ、わずか数ヶ月でも、この宿にいることが出来て良かった
俺「はい…」
宿の外まで、親父さんと女将さんは見送りに来た
黙って、涙目の笑顔で手を振り続ける
俺は、深々と頭を下げて、駅に向かう
宿を振り返って見た
あの時、ここを見つけなければ…
あの時、あの電車に乗らなければ…
人生、何が起こるかわからない
分からないから、行動を起こした者勝ちなんだろうな
カドワキ「こんにちは」
俺「あれ、休みとれたんだ…」
カドワキ「はい、隠しててごめんなさい…」
俺「いや、でも良かったよ」
カドワキ「目が真っ赤ですねw」
俺「ああ…w」
カドワキ「別に急いでは、いませんよね?」
俺「そうだね…」
俺「え?本当に?」
俺は途端に嬉しくなってテンションが上った
カドワキ「特別ですよ」
俺「うんうん」
そう言って、俺は前を歩くカドワキさんに着いて行った
慣れた手つきで、カドワキさんは鍵を開けた
引き戸を開けて
「どうぞお客さん」と言って俺を中に促した
俺が「なにそれ~w」と笑うと
「え、え、ダメですかね…」と言って恥ずかしそうにしていた
最後の最後まで、本当に相変わらずな人だ
彼女も丁寧に椅子を弾いてピアノの前に座った
カドワキ「今日は、とっておきを、1つだけ用意してあるんです」
俺「おお…」
カドワキ「〇〇さんのためだけに、練習してきました…」
俺「ありがとう」
俺がお礼を言うと、少しはにかんでから
カドワキ「じゃ、いきます」と言った
俺は小さく拍手して、真剣な表情になった彼女を見つめていた
俺は、この瞬間のカドワキさんがたまらなく好きだ
それは、紛れもなくショパンの「別れの曲」だった
優しい、暖かなメロディーから始まるこの曲は
なんとなく懐かしい気持ちになってくる
そう思っていると、中盤にかけて、突如荒々しい旋律がやってくる
その部分が何かの慟哭のようにも感じられて、
ハラハラして、不安な気持ちになる 別れの辛さを謳ったメロディーなのだろうか
先ほどまでの荒々しい旋律も相まって、その静かな旋律が
旅立つ人を、励ましているかのように聴こえた
曲が終わると俺は自然と拍手をしていた
さっきまで泣いてたのに、また涙目になってしまっていた
俺「ありがとう!ありがとう…!」
俺がそう言うと、カドワキさんはふふ、と笑って
「どうでしたか?」と聞いてきた
と言っていると、カドワキさんは笑顔になって
カドワキ「これからも、ずっと聴き続けてもらうんですから」
カドワキ「今日で終わりになんて、なりませんよ」
と言ってきた
椅子に小さく座っているカドワキさんの方が、俺よりずっと強いじゃないか
俺がカドワキさんを守っていくと決めたのに、これじゃカッコがつかない
俺はもう涙で視界がよく分からなかった
カドワキ「さ、行きましょう。電車、来ちゃいますよ」
そう言って彼女はパタパタと駆け出して
公民館の引き戸を勢い良く開け放った
西日が差し込んで来て眩しかった
その先で、カドワキさんが早く早く、と呼んでいる
手を繋ぎたいが、勇気が出ない
ヒグラシやツクツクボウシ?が鳴いていて
やたらと騒がしい
歩いているうちに、汗も出てくる
蜃気楼で、道の先が歪んだ
もう後何歩で、カドワキさんと別れるのか
いつ俺は、カドワキさんに想いを伝えるのか
駅舎が見えてくる
タクシーの列が見えてくる
自販機の群れも見えてくる
もう、着く
家までいくらなのか、すっかり忘れていた
後ろで、カドワキさんが柱に寄りかかって見ている
小銭を入れる、切符が出てくる
切符を手に取る、うるさい警告音が消える
俺は手を上げて「じゃあね」と言った
カドワキさんも少しだけ笑って「さよなら」と言った
さよならじゃないだろ、と思った
次の瞬間、俺は口にしていた
気がつくと、俺はこんなことを言っていた
それを聞いてカドワキさんは、一瞬とても驚いたが
すぐに花が満開になったような笑顔になって
「はい、もちろんです」
カドワキさんがそう言った瞬間、ホームにドドドドド…と電車が来た
俺「バイバイ、またすぐ迎えに来るからね」
カドワキ「ずっと待ってます」
そして、俺は3両編成の小さな電車に乗り込んだ
俺のいた小さな小さな町を見渡した
ここに、俺はいたんだ…
来た時とは逆、家にむかう電車の中で、俺はしみじみとそう感じた
9月になれば、またまったく新しい生活が始まる
本番は、そこからだ
そう心に思い、やる気が湧いた
数えきれないほどの貴重な経験に、最高の出会い
何に、どれだけ感謝すればいいのだろうか
そして、俺は9月からの花屋での仕事にも耐えぬいたさ
花屋といっても、店舗での営業だけじゃなく
通販を扱ったり、イベントをやっているホールに花を持ち込んでいったりなど
その業務は様々なんだ
でも俺は元々花が好きだったし、新しい仕事も、好きになれたんだ
実家ぐらしもあってか、貯金もだいぶ貯まってきた
すごく、今は充実してる
だから平日とかはけっこう忙しいけどなww
さて、ここからだ
スレタイにもした、本題の夢の話
シメに、どうか聞いてってくれ。
今は一緒に住んでないけどさ
週2~3とかそれ以上のペースで会ってるんだ
それで、2人で決めたんだよ
結婚式で連弾でピアノを弾こうって
どっちかが弾くとかじゃなく
結婚式で2人で一つの曲を弾きたい
それで、カドワキさんの演奏みたいに、散々お世話になったオカンと親父を感動させたいんだ
これが、俺の夢なんだ
すげぇぇ!!曲はなんにするんですか??
素敵!
でもちゃんと練習しろよ。
知り合いが同じようなことやったが、片方が練習不足でgdgdに・・・
って感じでここまで変わるんだな
今まで全然弾いたこと無いから、大変で大変でw
どうせやるなら、お遊戯会レベルとかじゃなく、
ちゃんとガチで弾いて、今までお世話になった人たちを感動させたいんだ
もちろん、親父さんと女将さんだって呼ぶぜ
そんで、晴れ舞台でカドワキさんと俺の2人でスポットライトを浴びる
これが俺の、クズだった俺が見ている夢なんだ
カドワキさんの成人式に花を持って行ってプレゼントっていうやつ…
当日本当に驚いてたけど、晴れ着の姿が見れて良かった
俺が選んでプレゼントした花、凄く気に入ってくれた
これからこうやって、人生の節目一つ一つを、共にしていけたらいいな
本当に、何があるか分からない
昨日まで、家に引きこもってた俺が、あの日電車に乗って
目まぐるしく人生が走りだしていった
人生なんて、いつ走り出すか分からない
本当に、これからも行動し続けていくよ
みんな、二週間以上見てくれて、本当に感謝です。
またどこかで会えたらいいな…
そして、最後に1つだけ言わせてください
もしかして
ごめんなさい!!!
おい
__,,-””´ |.し” “~,,,,. ,,へ, ヽ
「 _.,. | ,| ̄ ̄ / ,/´ / | ふ
|__,,-””~ | |.,!.__,,..–‘,/´ / ___. |
_.,_| | / / / ノ( \. |. ざ
__,,-””´ .,;; く., / ./ _ノ ヽ、_. \. |
| _,,-” ^ ^” /ノ((○) (○) \. | け
|,,-””´ 、、 | ⌒ (__人__) ノ( | |
|. ヽヽ \ |!!il|!|!l| ⌒/`| ん
|i ヽヽ > ⌒⌒ |
.| ! , / |. な
.! .{ ノ| / |
i ヽ–”” | { ., ./ !!!
ノ `<__,// 亅  ̄ヽ
。 / \ )へ、_ _
= = 、 ゝ. ヽ | ,√,/ ,>、
ー─‐―—,,,,,____ ヽ、 \、 |{r,/_/_/冫
ー─‐―—,,,___/ | || , 、=- \、 \ヾ匕/」
./|| | / |\. \、 ヽ
./ || | > | \ \ ヽ
____/ || | \ ヽ ヽ、 `丶、..,,,,_ ヽ
/|. || | ̄´ 冫 ヽ、 `ヽ i
/ ! || | / ` ー .,,, ,) 、
./ |. || | /  ̄ゝ_、ノ ヽ
__/ ! .|| |ー┴—.,,,,,___ /ヽ、 ヽ
| || | ` ̄ ̄ `ー―—- .,,,,,__
.i || |
父親を亡くして夢を諦めた女の子なんていなかったんだね
え?ニートならそこに…
後日談的なものが全然書けなかったのがちょっとなぁと
最後展開が早すぎましたね
それ以外でも釣りだとバレバレな所はあったかと思いますが
面白かったって言ってくれた人、ありがとう
今回も面白かったよ
乙でした
転載元スレ https://hayabusa3.5ch.net/test/read.cgi/news4viptasu/1364372901/
コメント