男「坊や」
少年「なに、おじさん」
男「おじ……! 俺はまだお兄さんだ」
少年「どっちでもいいよ。なにか用?」
男「俺は……未来のお前だ」
少年「え!? ウソだぁ!」
男(もちろんウソだ)
男「俺は未来から、過去の自分に会いに来たんだよ」
少年「SFじゃあるまいし、ありえないよそんなこと!」
男「よく見てごらん? 俺の顔を……」
少年「ボクに……似てる」
男「だろう?」
男(似てるのは当たり前だ。俺が自分と似てる子供を選んだんだから)
◆概要:女子中学生がクラブ活動から帰宅途中、徒歩で近づいて来た女から
「全部自分に返ってくるんやで」
等と声を掛けられ、顔を1回平手打ちされた。
◆女の特徴:50歳位
少年「でも……でも信じられない!」
男「だったら君のことを色々と当ててあげよう」
少年「やってみてよ!」
男「そうだな。まず……君は右利きだろう?」
少年「な、なんで分かったの!」
男「それと初恋は……幼稚園の時だ」
少年「当たってる!」
男「トドメに……野菜があまり好きじゃない」
少年「その通り!」
男「お兄さんには君のことがぜーんぶ分かるんだよ」
少年「すごいや! ボク信じるよ! あなたが未来の自分だって!」
男(多くの子供に当てはまりそうなことを、適当にいっただけだっての)
男(たとえ外れてても自信満々にいえば、“そうだったかも”と思っちゃうしな)
少年「それで……それで」
男「ん?」
少年「ボクは将来どうなるの?」
男「知りたいかい?」
少年「うん! 知りたい!」
男「分かった……教えてやろう」
少年「ワクワクしてきた!」
男(さぁて、その希望に満ちた瞳を……無惨に打ち砕いてやるか!)
男「まず、中学に上がった俺は……」
少年「俺は?」
男「壮絶ないじめを受ける」
少年「え……」
男「殴る蹴るのような直接的なものじゃなく、持ち物隠しや無視されるなどの陰湿ないじめだ」
男「だから誰にも気づかれず、助けてもらえず……苦しい三年間を過ごす」
少年「そ、そんな……」
男「なんとか中学を乗り越えた俺だったが……」
少年「そうだよ、高校に入っちゃえば……」
男「高校はもっと最悪だった」
少年「ど、どうして?」
男「そんないじめにあう日々じゃまともに勉強できるはずもなく……俺は高校受験を見事に失敗する」
男「入れたのは……底辺のヤンキー校だった」
少年「やんきい……?」
男「不良のことだ」
男「高校では殴る蹴るは当たり前、毎日のようにパシリをやらされ」
男「万引きを強要されたこともあった……」
少年「ひどい……」
男「ある日、ナイフ突きつけられて万引きやれといわれて店の人に捕まって」
男「母さんが店まで謝りに来た時のやるせなさ、今でも忘れられないよ」
男「本当に情けなくて、申し訳なかった……」
少年「……」
男「なんとか大学に入れば、と思ったが大学受験も同じく失敗」
男「一浪した末、誰も知らないような三流大学に入学する」
男「学部もテキトーだ。将来の夢を持つ余裕なんかなかったからな」
少年「でも……でも!」
少年「大学って楽しいところなんでしょ!? 学校の先生がいってたもん!」
男「普通ならな。だが……」
男「友達はできないし、いつも講義は一人ぼっち。学食も一人で食べてた」
男「俺を待ってたのは寂しい学生生活だった……」
少年「そんな……」
男「だが、俺はなんとか交友関係を広げようとある料理サークルに入った!」
男「料理サークルなら和気あいあいとしてそうだし、彼女ができるかもという下心もあった」
少年「たしかに……で、どうなったの?」
男「その料理サークル、とんでもなく体育会系なサークルでな」
少年「体育……? 運動するってこと?」
男「やたらルールやら上下関係やらが厳しいサークルってこと」
男「実態は料理サークルというより、アウトドアサークルだったし」
男「休みの日は毎回、どこぞの山やら海やらに連れてかれた」
男「しかも下っ端は上から命令されて、荷物運んだり買い物したりの使い走りだ。なんも楽しくない」
少年「だけど、それなら上の学年になれば王様じゃない!」
男「残念ながら俺は後輩からも舐められて、四年間いいように使われてたよ」
男「料理のスキルなんて全然身につかなかったし、本当に無駄だった……」
少年「……」
男「さて、いよいよ就職だ」
男「ここまでくれば、俺がどういう会社に入ったか想像つくだろう?」
少年「ひどい会社だったの?」
男「その通り。絵に描いたようなブラック企業で、休日出勤やパワハラは当たり前」
男「散々こき使われた挙げ句、心を病んで、上司のミスを押しつけられて」
男「懲戒って形で会社を放り出された。おかげで再就職もままならない」
男「で、ブラブラと昼間から暇を持て余してる……これが未来のお前さ」
男「どうだ、絶望しただろう!」
少年「……」
少年「そんなことないよ!」
男「は?」
少年「だってそれだけ不幸や上手くいかないことの連続なのに」
少年「おじ……お兄さんは今もちゃんと生きてるじゃない。それってすごいことだよ!」
男「はぁ……?」
少年「もしボクだったら、多分どこかの段階で人生イヤになって自殺してるかもしれないし」
少年「同じ自分として尊敬するよ!」
男「おいおい……」
男「尊敬できる要素がどこにあるんだよ?」
男「俺は人生に負け続けて、最低の人生を送ってるんだぞ? ガッカリだろ」
少年「最低? どこが?」
男「へ?」
少年「ヤケになって人を傷つけて、おまわりさんに捕まったりしてたら流石にガッカリだけど」
少年「見たところそういうことはしてないみたいだし……」
少年「お兄さんの人生は最低とは程遠いよ!」
男(なんなんだこのガキ。ポジティブすぎるだろ。調子狂うわ……)
男「……ちょっと待ってろ」
少年「?」
男「そこの自販機でジュース買ってきてやる」
男「ほら、飲めよ」
少年「ありがとう!」
少年「おいしい!」
男「そうか」
少年「……」
男「……」
少年「ねえお兄さん……というかボク」
男「ん?」
少年「キャッチボールしない?」
男「……いいぜ」
少年「それっ!」ポーイッ
男「よっ!」パシッ
男「それっ!」ポーイッ
少年「あっ、どこ投げてんのー。ヘタクソだなぁ」
男「悪い悪い」
少年「こっちからいくよー!」ポーイッ
男「ナイスボール!」パシッ
男「じゃあ今度は俺の魔球を……」
少年「あー、楽しかった」
男「俺もだよ」
少年「すっかり汗かいちゃった」
男「じゃあ……アイスでも買いに行くか」
少年「いいの?」
男「ああ、それぐらいの金はあるからな」
少年「やった!」
男「うまいか?」
少年「うん、おいしい!」
男「……」
男(さすがに……もう……)
男「あのさ、坊や」
少年「なに?」
男「実は俺は……未来の君なんかじゃないんだ」
男「俺は……俺の正体は……ただのダメ人間」
男「君みたいな子供をからかって生きがいを感じる……不審者に過ぎないんだ」
少年「……」
少年「知ってたよ、そんなの」
男「なんだ、知ってたのか……」
男(そりゃそうだ。こんな賢そうな子が気づかない方がおかしい)
少年「そうじゃなくて」
少年「なんでボクがお兄さんのことずっと褒めてたか分かる? 否定しなかったか分かる?」
男「?」
少年「自分のことだからだよ。自分の人生なんだから否定したくなかった」
男「は?」
少年「まだ分からない? ……ボクは過去のお前なんだよ!」
男「なんだって……!?」
少年「ボクは不思議な空間に迷い込んだ。そしたら……未来に来ちゃったんだ」
少年「それで、お兄さん、つまりボク自身に会いにきたってわけ」
男「ちょっと待て、俺は未来に飛んだことなんてないぞ!」
少年「本当に? 小学校の頃の記憶なんて、はっきりしないでしょ」
男「う……たしかに」
少年「それに、歴史ってのは案外不確かなものだからね」
少年「ボクがお兄さんと全く同じ経験をしてるか、全く同じ人生を歩むかどうかは分からないよ」
男(そうかもしれない……)
男(この子が未来を知ったことで、全力でそれを回避しようとすれば、歴史を変えられるかも……)
男「だったら……頑張れ!」
男「君ならきっと……俺みたいな負け犬人生を歩まないで済む!」
少年「未来のボクこそね」
男「え……」
少年「せっかく過去の自分に会ったんだからさ。気持ち切り替えて……頑張ってみてよ」
少年「過去の自分に負けないようにさ」
男「ああ、そうだな!」
男「……ありがとう。過去の俺」
男「俺、やってみるよ。もっとマシな人生歩めるよう……努力してみる!」
少年「こっちこそありがとう。未来のボク」
少年「中学でいじめを受けるんなら、それをなんとか乗り切ってみせる!」
男「できるさ……」
男「じゃあ、元気でな」
少年「うん、じゃあね」
男「うおおおおっ! やるぞーっ!」タタタタタッ…
少年「……」
少年「あー、面白かった」
少年「その辺歩いてる大人に“ボクは過去のお前だ”っていうの楽しいなぁ」
おわり
少年の方から話しかけるように仕向けた伏線があるなら分かるが
男が前向きになってよかった
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